第33話

 そうしてイネスが自室で旅支度を整えていると、扉をノックする音が聞こえた。

「どうぞ」

 と答えると、シャーリーとエリザが部屋に入ってきた。

「どうしました?」

「これ……あった方がいいだろう?」

 と差し出したのは淡いブルーのマフラーだった。

「ああ、無いと落ち着かないなと思っていたところなんです、ありがとうございます」

「それと、ええと……」

「……姉様、言うんでしょ?」

「あ、ああ」

 そんなやり取りをする二人を見ながら首を傾げるイネスに、シャーリーは、

「こ、これを……私だと思ってくれると……嬉しい」

「…………」

 それにキョトンとした顔をするイネス。そして顔を赤らめながら、

「はい、そう思って身につけておきますね」

 と受け取ったマフラーを巻いて、首の左にある文字を隠すのだった。

「うん、凄く良いですね、これ」

 そう言って微笑むと、シャーリーとエリザは嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。

 そうして旅支度を整えていくと、慌てたように一人の騎士がイネスの部屋へとやって来て、

「『神』が、以前シャーリー様と話した神がまたやって来ました!」

 と告げるのだった。

 イネス達は慌てて部屋を出ると、騎士の案内で王城の裏門へと向かうと、少しばかり距離をおいて、以前やって来た神ハウスマンが痩せた体にコウモリの様な翼を羽ばたかせて地面に降り立ったところだった。

「…………あの、何の用でしょうか?」

 イネスが一歩出てハウスマンにそう問えば、ハウスマンは穏やかな顔をしながら、

「少々、話がしたくてね。今日は冷える、お嬢さん方はご遠慮願えるかな?」

 そうイネスと二人きりで話したいというハウスマンに、シャーリーは、

「断る、私も同席させてもらう。前回出来なかった質問もしたいのでな」

「そうか、まぁ無理にとは言わない。ここは人が多いな……向こうの丘に行こうか」

 そう以前話をした丘を指差しながらハウスマンは翼を羽ばたかせて飛んでいってしまう。

「……シャーリー様、止めはしませんけれど今日は冷えます、温かい服装に着替えてもらえませんか?」

「イネスは平気なのか?」

「はい、寒いとは感じませんね」

 それにシャーリーはほほうという表情を浮かべると、踵を返して、

「すぐに用意する」

 と言って城の中へと戻っていった。それから十分もかからないくらいの時間で戻ってくると、イネスと共に丘へ向かって歩き出した。

「……悪いな、イネス一人なら飛んで行けるのに」

「いえ、こうやって二人きりで歩くのもいいかなと思いまして」

「お前……開き直った言い方をして……」

 そう言うとシャーリーは頬をほんのり赤く染める。

 比較的歩くのが早い二人は、思ったよりも早くハウスマンの待つ丘に辿り着いた。ハウスマンは既に岩に腰掛けて二人がやって来るのをのんびりと待っていた。

「遅くなってすみません」

「いや、気にしないでいい」

「それで、話とは?」

 シャーリーとイネスはハウスマンから少々距離を取った岩に腰掛けながら、シャーリーは冷えるのか上着をかき寄て、本題に入る。

「せっかちだな、お嬢さんは」

「この国の外務を担当しているのでね、回りくどい事はあまり好きでないんだ」

 そう神相手に引かない態度を取るシャーリーを見て、ハウスマンは、

「以前も思ったが、お嬢さんが怖いもの知らずだな」

「いえ、パラテルル神を怖がっていましたよ」

「ちょっ、何言い出すんだイネス!」

 イネスはクスクスと笑いながら、

「パラテルル神に挑んだ時、足が震えていましたよね、僕見ましたから」

「そ、それはっ!」

「ははは、強がりなんだなお嬢さんは。で、君がパラテルルを殺したのか?」

 そうハウスマンはイネスに尋ねた。

「……はい、僕がやりました」

「死体は?」

「さぁ?どうしたんですか?」

 とイネスがシャーリーに問えば、

「燃やした……けれど燃えなくて、深く穴を掘ってそこに埋めた。場所は言えない」

「『神』を信奉するユージアル教に引き渡さなかったのか」

「そうするとややこしい事になりそうな予感がしたので」

「そう言えば、僕は牢に入れられていて知らないんですが、ペントランド神はどうなったんですか?」

 イネスの質問にはハウスマンが答えた。

「御神体としてザイベリーに祀られているよ。おかげで各地のユージアル教信者がザイベリーを訪れている」

「それでザイベリーのユージアル教本部はかなり優位に立ったと聞いてはいる。ここもそうなると他の宗教との諍いが始まりそうで、それだけは勘弁願いたいんでね、埋めることにしたんだよ」

「それがややこしい事なんですね……」

 イネスがそうため息交じりに答えると、ハウスマンからの視線を感じた。

「あの……なにか?」

「いや、首の文字を見せてもらえないか?」

「首の……」

 イネスはマフラーに手をかけるとスルスルと解いて首を露わにさせる。首の左側には黒い文字が刻まれていた。それをじっと見つめるハウスマンは「特級……か」と呟いた。

「その……パラテルル神も言っていましたがその『特級』って何なんですか?」

「うーむ、その構想は実用化されていたか……しかし……」

「あの……」

「ああ、すまない。特級とは上級のさらに上の力を持つ者の事だ。私がビンドハイムに居た頃には構想段階で実用化には至っていなかったが、どうやら生産体制が整ったのだろう」

 それに何の事かさっぱり分からないイネスは質問を重ねる。

「その……ビンドハイムという世界においてそれはどういう意味なんでしょうか?僕にはその世界の記憶がありません。赤ん坊の頃にこちらに来たらしいので」

「赤ん坊の頃か、なるほど通りでビンドハイムの事を知らない訳だな。うーん、そうだな……精鋭兵という言葉がしっくりくるかな?生まれつきの精鋭だ、戦い敵を殲滅させる為だけに生み出された産物だ。感情の起伏は薄くすると聞いていたが、君はどうなんだ?」

「イネスはいつもボーッとしているぞ」

 シャーリーがサラリとそう言えば、イネスは慌てて、

「これでも感情豊かになった方なんですよ、子供の頃は何考えてるか分からないって言われまくってたんですから」

 イネスがマフラーを巻きながらシャーリーにそう言えば、

「初恋が二十九歳のあたりでおかしいなとは思っていんだがな」

「シャーリー様~」

 そんなやり取りを見てハウスマンはハハハと笑う。

「君なら人間と共存できそうだな」

「いえ、無理ですよ。僕が『神』だって分かっただけで怖がる人が居ますから」

「やはり、我々が人と共存するのは難しいのだな」

「辛いですけど、そうするしかありませんから」

 そう俯きながらイネスは言うと、

「はいはい、質問。前に『神』はあることをすると翼が生えたりするって言ってたが、それは具体的に何なんだ?」

「ああ、一度死ぬことだ」

「…………一度、死ぬ」

 イネスは思い出していた。パラテルル神に胸を貫かれた事を。そしてその後背中から翼が生え、神の使う魔術を何故か使える様になっていた事を。

「思い当たることがあるのかな?」

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