第26話
ハウスマンと名乗る『神』と接触してから数日、イネスは寝付けない日々が続いていた。
今日も真夜中になっても目が覚めてしまってどうしたものかと思いながら、ベッドから下りてはマフラーを巻いて上着を着込むと、ランタンを手に部屋を出て、なんとか覚えた温室への道順をゆっくり歩いていく。窓からは暗闇に覆われた世界が見えた。今夜は冷えるので朝には雪が降るかもしれないなとイネスは思うのだった。
そうして辿り着いた温室に入るとその暖かさにホッとため息を吐く。イネスはランタンをテーブルの上に置いて静かな温室の中で、テーブルに肘を付いて考え事をし始めるのだった。
イネスがそうし始めてからどれくらいたっただろうか、突然、温室の扉が開いた。
誰も来ないだろうと思っていたイネスは驚いて、扉を開けた主を見れば、シャーリーが寝間着に上着を着込んで温室内に入ってくるのだった。
それにイネスは驚いた。いつもきっちりとした服を好んで着ているシャーリーの女性らしい寝間着姿を見て、思わず顔が赤くなる。そして体ごとシャーリーに背中を向けて、どうしたらいいのだろうかと考えるのだった。
「なんだ、イネスも居たのか」
「は、はい……その、寝付けなくて」
「……そうか、私もだよ」
そう言って持ってきていたランタンとボトルをテーブルに置くとイネスの正面に腰掛けた。いつも結っている長い赤毛はおろしたまま肩から流れてきた髪をサラリと背中へ流す。それを見て視線を彷徨わせるイネスを面白そうに見つめるシャーリー。
シャーリーはボトルから温かい茶をカップに注ぐと、ゆっくりと飲み始めた。
「……いるか?」
「い、いえ」
「そうか……」
そうして無言の時間が過ぎていく。
イネスはシャーリーと何か話したいと思ったが何を話したらいいか分からなくて、どうしたらいいのかと何度も考えた。そうして、
「あの、シャーリー様……少しいいですか?」
「んあ?なんだ?」
「あの、ですね……僕は、どうやら貴女を好きらしいんです」
その言葉にキョトンとするシャーリー。
「多分一目惚れだと思います、初めて会った死刑場で僕は貴女に恋したみたいなんです」
「…………」
シャーリーは口を挟むこと無く、イネスを見つめながらその言葉に耳を傾ける。
「身分違いだっていうのは分かっているんです、けれどどうしても伝えたくて……迷惑でしたらすみません」
「…………そうか」
そう言って暫く沈黙するシャーリー。
茶を飲みながら考えるように、シャーリーはこんな事を言うのだった。
「…………それで私を見ると顔を赤くしたり、無理矢理視線を逸したりしていたのか?気付かなかったぞ」
「え!?気付いてなかったんですか!?エリザ様は気付いてる筈だって言ってましたけど!」
「エリザはませているからな、そういう事に興味のある年頃でもあるし。けれど私はそういう事に関しては全くと言っていい程疎いのでな、気づかなくて悪かった」
そう言って茶を飲むシャーリーにイネスは大きくため息を吐く。
「……僕、勇気を出して言ったんですよ」
「ああ、それだけは分かる」
シャーリーは茶の入ったカップをテーブルに置くと、ランタンの淡い光でおぼろげに浮かび上がるイネスの顔をじっと見つめて、
「イネスは真面目だからな、正直伝えるのも考えただろう?」
「それは……はい、言っていいものか考えました。身分違いですから」
「けれど、私は嬉しいぞ。信頼していた相手が特別に好きだと言ってくれるのは」
「シ、シャーリー様……」
その言葉にイネスは顔を真っ赤にさせる。
「…………なら、守ってくれるか?」
「……え?」
「私を、パラテルルから」
言わんとする事が分かってイネスは少々驚きながら、
「はい!お守りします!パラテルルがどんなに強くても僕は負けません!」
「頼もしいな……それで愛人になりたいとか思っていたりするのか?」
「はいぃ?僕はそこまで考えてはいなくて!?」
「なんだ、つまらないな」
そう言ってまた茶を飲むシャーリーに、イネスは顔を真っ赤にしながら、正直に答える。
「僕は今、気持ちを伝えるだけで精一杯で、それ以上なんて考えていません」
「…………そうか」
「けれど、必ずお守りします。僕は傭兵で、騎士……なんて立派なものにはなれませんけど、お側でお守りします」
「心強いな、期待しているよ」
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