第24話
それから数日経ったある日、温室でいつもの様にイネスとエリザが話をしていると、赤毛をゆるい三編みに結い紺色のパンツスーツを着たシャーリーが温室に入ってきて、
「話の途中悪いけど、一緒に外に散歩に行かないか?今日は比較的温かいからさ?」
「……確かに今日は温室に居ても暑いくらいですからね」
イネスは赤くなる顔を隠すようにマフラーをパタパタと首を扇いで、じんわりと出てくる汗にどうしたものかと思っていた。
「……暑いならマフラー取ればいいんじゃないですか?」
と正論を突いてくるエリザに、イネスは慌てながら、
「え!?こ、これはその……無いと落ち着かないんですよ」
「そうなんですか」
「まぁ、それならいいじゃないか。早速行こう!」
それにイネスが尋ねるように、
「行くってどこにですか?」
「王城の裏の丘。薄くだけど太陽も見える、最近雲が厚かったから寒かったけど、今日は温かいからな」
「はい、姉様、私行きます」
それに手を上げて賛成を示すエリザは、じっとイネスを見つめる。それにどういう意味か気付いたイネスは更に顔を赤くしながら、
「ぼ、僕も行きます。護衛が居た方がいいでしょう?」
「はは、神殺しが護衛とは頼もしいな」
イネスはカップの茶を飲み干すと、立ち上がって、
「それじゃ用意してきます、その後どこに行けばいいでしょうか?」
「ソーマスに伝えてある、それじゃ早く用意済ませてくれよ?」
「分かっています」
そう言って温室を出ると、待っていた使用人のソーマスの後を付いて自室へ戻ると、いくら温かいといっても冷える事に変わりはないので分厚いコートを羽織り、一応護衛なのだからと大剣を背中に背負うと、部屋の外に出た。その後はソーマスの後を付いて歩いていく。
辿り着いたのは王城の裏門に当たる場所だった。
シャーリーはパンツスーツの上から軍用コートを着、腰にサーベルを下げていた。エリザは可愛らしいポンチョの着いた赤いのコートを着てその手にはバスケットを持っていた。
「遅くなってすみません」
「いや、大丈夫だ。では行くか」
そう言うや否や裏門の脇にある小さな扉から出ていくシャーリー。イネスとエリザもそれに続く。
外に出れば温室ほどではないにしろ、ここ数日寒い日が続いていた事もあってか思ったより暖かく、気候変動で雲が立ち込め気温が下がった世界で、今日は薄い雲の向こうから太陽がほのかに見えた。そしてどこまでも続く草原目の前にあった。こんなに汚染されていない草原が広がる場所は珍しく、王家の敷地内だという証拠でもあった。奥の方に少し高台になった場所があるのが見えたのでそこまで行くのだろう事が見て取れた。
「持ちますよ?」
「いいです、私が持っていたいので」
エリザにバスケットを持とうかと提案したが、そう断られたイネスはソワソワと落ち着き無く、大剣を背負っった状態でマフラーをいじりながらシャーリーの後を付いて行く。
そうしてエリザに合わせてゆっくりと歩いていくと、高台になった丘にやって来た。そこにはいくつか岩がありシャーリーは腰掛けるのに丁度いい大きさのものにエリザと一緒に座ると、
「はぁ、毎日これくらい温かいといいんだがな」
とシャーリーは呟くのだった。
基本的に寒く、雪のちらつく日も多い今の気候に、今日は本当に珍しい程に暖かかった。
イネスも丁度いい大きさの岩に腰掛け、大剣を脇に置くと、空を見上げてはぁと息を吐いた。
「そうですね、これくらい温かい日がもう少し多かったらと思いますね」
「だろう?まぁ、雪は雪で面白いんだがな」
「……姉様、雪だるま作るの好きですものね」
そんなエリザの言葉に、イネスは、
「雪だるま、ですか」
「いいだろう、それくらい」
それにイネスはクスクスと笑いながら、
「いえ、いいと思いますよ。今度雪が降ったら一緒に作りましょうか?」
「おう、誰が上手に作れるか競争だぞ」
「……姉様、私も入ってます?」
「勿論だ」
「……私は遠慮したいです」
そんな風に言うエリザにシャーリーは少し残念そうに、
「うーん、そうなのか、仕方ないな」
そんな風に話をしながら歩いて温まった体が冷え始めた頃、エリザがバスケットからボトルを取り出した。同じくバスケットから三人分のカップを取り出してそれに入っている茶を注ぐと、イネスに渡してきた。冷めているだろうと思ったそれを一口飲むと、まだ温かいそれに驚いた。
「それ、もしかして魔法瓶ってやつですか?始めて見ました」
「大戦前から使われていた技術です。かろうじて残っていた資料を元に街の工場の人が作ったと聞きました。」
「さすがは大国クロシドライト、違いますね」
一緒に持ってきたクッキーも渡されて、温かい茶と一緒に甘いそれを口に入れると今まで味わった事のない充足感を得るイネス。
「はぁ……こういう風に過ごすのは初めてかもしれませんね」
「いままではこういう事無かったのか?」
シャーリーのその言葉にイネスは苦笑すると、
「僕は傭兵です、冒険者達が休憩中の時こそ周りに気を付けなければいけないんです。だからこんな風に安全の確保された場所でのんびりするのは中々難しい事でして」
「傭兵も大変なんですね」
「今日はそんなの気にせず、のんびりするといい」
「……はい、お言葉に甘えさせて貰います」
シャーリーを見つめて、赤くなる顔をイネスはマフラーで隠しながらのんびりと茶を飲んだ。
そうして暫くゆっくりとした時間を過ごしていると、ふとイネスは空に何かが居るのに気がついた。それが近づいてくるのを確認すると、脇に置いた大剣を手を伸ばす。そんなイネスに気付いたのかシャーリーもサーベルをいつでも抜けるように身構えた。
いつでも攻撃できるようにカップを置いて大剣を構えると、空から人型の何かがゆっくりと下りてきた。
それは『神』だった。
人の姿をしているが皮膚は爬虫類のそれになっており、翼はまるでコウモリの様な形で何度も羽ばたかせて、イネス達と一定の距離を取って悠然とした姿で地面に足をつけた。背の高い、けれど痩せてほっそりとした体に薄手の服を纏って、短く刈り込んだ白髪を爬虫類の様な皮膚の手で撫でると柔らかな表情を浮かべながら緑色の瞳をイネス達に向けて、
「君たちに危害は加えない、だから警戒を解いてくれないかい」
と穏やかな、よく通る声で言うのだった。
けれど警戒を緩めないイネス達を見てため息を吐くと、イネス達と距離を取って一番手近にあった岩に腰掛けた。
「なにもしないさ、ただ話をしたいと思っただけだよ」
見た目から年齢は分からないが、そう穏やかに話す様はまるで長く生きた老人の様な感覚を三人に与えた。
「何から話そうか……ああ、私の事はハウスマンとでも呼んでくれ。君達の言うところの超越者、神と呼ばれる存在だ」
「それで、『神』が我々になんの用で?」
シャーリーがサーベルに手をやったままそう答えると、一瞬悲しそうな顔をして、それから話し始めた。
「そうだな、何から話したものか……」
「……どこから来たんだ?」
言いよどむハウスマンと名乗った『神』にシャーリーは警戒しながらもそう尋ねる。
「ああ、ここから北にある山から来たよ。そこに住んでいるんだ」
「あの汚染された山々に住んでいるのか!?よく生きていられるな……その情報ををヘルツェンベルグ統治機構に伝えても?」
「構わないよ」
そう頷くハウスマンに、シャーリーは続けて、
「話がしたいと言ったけれど、どういう話をしてくれるんだ?」
「この世界と『神』という存在についてだよ」
「……興味深いな」
シャーリーは顎を撫でて興味深げにハウスマンを見つめる。そんなシャーリーとハウスマンと名乗った神とをイネスは二人を交互に見つめる。危険は無いかと思いかけたが、一応警戒は怠らないままでいる。
「それでこの世界の事とは?」
「この世界は二百年程前に世界大戦があったと聞いた。調べたのだが、そこで戦争を終幕させた最終戦争兵器『トルトベイト』と『リディコート』がという名の二つの兵器が両陣営から同時に使用された時だ、その凄まじい威力にこの世界の壁に穴が空いた。そこからこの世界はとある異世界に繋がった」
「……何故それが分かる?」
そんな信じられない様な話を聞かされて、素直に頷く訳がない。
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