第22話
それから数日経ったある日、イネスが温室の扉を開くと、また先に待っている筈のエリザの姿が無かった。
また何かあったのだろうかと、椅子に腰掛け茶をカップに入れてゆっくりと飲んでいると、扉が開く音がした。
「今日も何かあったんですか?エリザ様」
そう言って扉の方を見れば思ってもみなかった相手が立っていた。
国王バンデンブランの姿がそこにあった。
「こ、国王陛下!?何故こんなところに!?」
「少しばかり君と話がしたいと思っていたのだが、迷惑だったかな」
そう首を傾げるバンデンブランに、イネスは
「と、とんでもない!どうぞ、座ってください!」
立ち上がって慌てた様にそう言うイネスに、バンデンブランは杖をつき片足を引きずりながらゆっくりと椅子へと近付くと、ゆっくり腰掛けた。
「それで……僕に話とは何でしょうか?」
「聞いていると思うが、私の婚約者は駆け落ちしてしまって、今私は嫁いでくれる相手を探しているのだが……君のアドバイスだろう?シャーリーから学者肌の年上好きを探せと言われたんだが……」
「あわわ、そのっ!好みの事とか考えずに言ってしまってすみません、その場での思いつきでっ!」
慌てるイネスに、バンデンブランは茶をカップに注ぎながら、
「構わない、君とは同年代の男同士の会話がしたかったんだ」
「同年代……の?」
「そうだ、君の女性の好みは?」
その言葉にティーポットから茶を注ぐイネスは暫し沈黙した後、
「僕は……その、シャーリー様が……好き、です」
「だと思った。視線や反応からそうだろうと確信していたからな」
「だったらわざわざ聞かなくても……」
と呟くイネスに、バンデンブランは茶を飲みながら、
「私自身、女性の好みというものが偏っていてな、それで困っているんだ」
「好み……ですか?どんな方がお好きなんです?」
「黒髪の眼鏡の美人が良いんだが、ああ、その上で知的だと尚の事良い」
バンデンブランの好みを聞いて「はぁ……」と茶を飲みながら相づちをうつイネスに、
「黒髪の美人は送られてくる見合いの写真から何人か居るんだが、眼鏡が良いんだ……」
「……こだわりますね」
「その上知的となると更に少なくなる……どうしたら良いと思うか聞かせてもらえないか」
イネスは今まで色恋に対して全く関心がなかった為、どう答えたらと考えるのだった。そして正直に、
「あのですね、僕はつい先日自分の初恋を自覚したばかりで、そういった事にはうまく答えられません」
「……そうなのか?遅い初恋だな。シャーリーを選んだのだからそこそこマニアックなこだわりでもあるのかと思っていたのだが」
「あの、勝手に想像しないでくださいませんか」
そう言いながら茶を飲んで一息つくと、イネスは、
「それじゃ黒髪美人さんに眼鏡を掛けてもらうというのはどうでしょうか?」
「分かっていないな、度入りの眼鏡でなければ意味がないのだ」
「それじゃ眼鏡の知的美人に黒髪になってもらうとか……」
「生まれつき黒髪でないと意味がないのだ」
「…………」
イネスは正直呆れていた。
これは結婚できないだろうと。
そこでイネスはう~んと考え込むと、
「妥協するしか無いんじゃありませんか?ここだけは譲れないというところを探して他は諦めると……」
「妥協してこれなのだが?」
「本当はもっとこだわりがあるんですか!?」
「ああ、本当は黒髪で眼鏡で髪は長く、知的で私の研究に興味があって、胸は大きすぎず小さすぎず……」
それにイネスはどうしたらいいのか分からなくなった。
これは駄目だ、本当にこのままでは結婚できない。一国の国王が結婚できないというのは問題なのだが、三十歳を前にしてこんなところまでこだわり続けている様では、本当に危ないと思うのだ。
それでイネスは、
「もう、どれか一つだけに絞りましょう、一番こだわっているところはどこですか?」
「……そう、だな……知的なところか?」
そう考え込むバンデンブランにイネスは、
「それではそこを中心に、眼鏡だったりする美人さんを探しましょう、もうこだわりはそこだけにして、他は諦めるのがいいかと」
「むぅ……まぁ、妥協しなければいけないだろう事は分かっていたが、なかなか自分だけでは絞れなくてな、誰かの助言が欲しかった」
「それで、僕の言葉は助言になりましたでしょうか?」
「ああ、十分にな」
「……良かったです」
イネスはため息を吐きながら茶を飲むと、バンデンブランが、
「で、シャーリーのどこを気に入ったんだ?」
「は!?ちょ!?そんなの聞いてどうするんですか!?」
「兄として気になってな、アレは女にしては珍しいタイプだろう?どこが良かったんだ?」
それにイネスは俯き、顔を赤くしながら、
「その……一目惚れ、なんです……だから、全部……好き、です」
「ほほう、なるほどな」
「もう僕の事はいいですから、陛下はお見合い相手にきちんと妥協してくださいよ」
顔を赤くしながらそう言ってくるイネスを眺めて、茶を飲むとバンデンブランは頷いて、
「早速、見合い写真を見てみるとする。後はプロフィールを見て妥協点を探すとするか」
「はぁ……それで話というのはそれだけですか?」
「いや、もう一つある」
「…………なんです?」
バンデンブランの言葉に嫌な予感しかしないイネスは、恐る恐る尋ねる。
「シャーリーは十八歳だが、年の差は気にならないのか?」
「もう!いい加減にしてください!そういう話はお答えできかねます!」
国王陛下相手に失礼ではないだろうかという態度を取ってしまっているが、イネスは茶を飲み干すと、席を立った。
「これ以上はお話相手にはなれません、失礼します」
と言って温室を出ていこうとした時だ、扉に手をかけようとした瞬間、扉が開いた。
そこにはシャーリーが紺色のパンツスーツを着て立っていた。不意の事にイネスの頬が赤くなるのが分かった。
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