第4話

 ガチャリという音でイネスは目を覚ました。

 咄嗟に飛び起きると、扉を解錠して使用人が入ってきた。その目は侮蔑を含んでいたが、イネスにとってその目はこの国で捕らえられた時から嫌というほど目にしてきたものだ。

「……なにか?」

 イネスが黙ったままの使用人にそう尋ねると、

「夕食のご用意が整いましたのでお呼びに参りました」

「……分かった、どの部屋へ?」

「クロシドライトの王女様のお部屋です、ご案内致します」

 そう言う使用人の後を付いて、シャーリーの部屋へとやって来ると、ポニーテールだったその印象的な赤い髪をゆるく三編みに結って左肩から前に垂らしていた。

「やあ、その様子だと少しは休めた様だな」

「はい、一眠りしました」

「話は食べながらしようか、席に着くといい」

 そう言ってテーブルに並べられたカトラリーを見て少々焦るイネス。イネスは平民だ。上流階級のしきたりやマナーや作法等知らないに等しい。それが顔に出たのだろうか、シャーリーは、

「マナーは気にしなくていい、好きなように食べればいいさ」

 そう言われて運ばれてきた前菜を一番内側のフォークを手に取って、前菜を口へ運ぶと、今まで食べた食事の中で一番の味だった。はしたないとは思いつつもがっついてしまう。

 そうして次はスープが運ばれてきた。大きめのスプーンを手に取って、音を立てて啜る。雪が降る程冷える今日は、その寒さを温めてくれるようなそのスープをあっという間に空にしてしまうと、イネスはハッとして少しはしたなかっただろうかと心配した。けれどもシャーリーは気にしている様子はなく、静かにスープを飲むのだった。

 それを笑みの形を作って見つめるシャーリーと不意に目が合った。途端に顔が熱くなるのが分かった。

「さっきといい今といい、そんなに美味しいかい?」

「今まで食べた何よりも美味しいです」

「なら、クロシドライトに着いた時にはもっと美味しい物を用意させよう」

 そう嬉しげに微笑むシャーリーにイネスは釘付けになった。

「ん?私の顔に何か付いているか?」

「い、いえ……綺麗なお顔だと思って……」

「……あまり恥ずかしい事を言わないでくれ。それでは本題へといこうか」

 シャーリーは完璧な作法で食事を取りながらそう呟く。スープを食べ終えて次の皿が来るまでの間、シャーリーはこう口にした。

「私が殺したいと言っているのは『パラテルル神』だ、どうだ殺せるか?」

「……正直なところ『パラテルル神』は名前しか知りません。どの様な力を持っているのか分からないので答えれません」

「そうれもそうか、結論を急ぎすぎたな」

 そうして次の皿が運ばれてきた。魚料理だった。

 海に面していない上汚染されていない川も少ないザイベリーで魚料理は高級品だ。流石は王城、こういった物も出せるほどの力を持っているのだとイネスは痛感した。

 それも先程と同じフォークで口へと運んでいくと、シャーリーが、

「やはり相手を見てからでないと無理か、分かったクロシドライトには現在確認されている神の情報がある。それを参考にしてもらいたい」

「それはヘルツェンベルグ統治機構から得たものですか?」

「鋭いな、そうだよ頼み込んで情報を分けて貰ったんだ、結構苦労したんだぞ」

 シャーリーは魚料理を口へと運びながらそう言ってくる。期待されているとイネスは思った。ので先に釘を刺す事にした。

「僕は……『神』を『ペントランド神』を殺せたのは偶然だと思っています、確実に『パラテルル神』を倒せるかは分かりません」

「偶然ねぇ……一傭兵に偶然で倒せる程『神』は弱くないと思うのだが?」

「買いかぶりすぎです、そんな実力が僕にあるとは思えません」

 そう否定の言葉を口にしながら魚料理を食べ終えると、イネスはシャーリーから視線を逸した。シャーリーも魚料理を食べ終えると、皿は下げられ新しい料理が運ばれてくる。次は肉料理だった

 イネスはカトラリーの一番内側のナイフを手に取ると、先程と同じフォークを使って肉を切って口へと運ぶ。そして久しぶりに食べる肉、それも最高級だろう物の美味しさに驚きながら肉を頬張るのだ。

「いい食べっぷりだな」

「す、すみません……見苦しい、ですよね……」

「いや、先程まで牢に居たのだろう?食事も粗末だっただろう、今は気にせず食べてくれ」

 そう話すシャーリーの言葉に、イネスはまた顔が熱くなるのが分かった。

 グラスに注がれた水を飲みながら、シャーリーは、

「明日、早朝にはここを発つ。疲れているところ申し訳ないが時間がないのでな」

「分かりました、事前に用意は済ませておきます」

「ああ、頼んだ」

 そうして肉料理をぺろりと食べてしまうと、デザートが運ばれてきた。茶色い焼き菓子でフォークを突き刺せば中からトロリとした茶色い液体が出てきた。それを口へ運べば温かい、甘く広がるチョコレートの味に驚くイネス。

「チョコレート!?こんな貴重な物食べたの久しぶりですよ」

「高級品だからな、王城でもなければ出ないだろう」

「凄く美味しいです、こんな美味しいチョコレートは初めてです」

「……茶の時も菓子を沢山つまんでいたな……もしかして甘い物が好きなのか?」

 そう言われて、イネスは少々言葉を濁しながら、

「甘いものが好きな男は少ないので、少し恥ずかしいのですが……はい、甘いものは大好きです」

「趣向に性別なんて関係ないさ。なら、クロシドライトに着いた時には甘味をできるだけ用意させよう」

「い、いえ!そこまでして頂かなくても……」

 そう断りの言葉を口にしようとするイネスを制して、シャーリーは、

「なに客人をもてなして悪いことでは無いだろう?」

「客だなんて……僕は……」

「はいはい、容赦なく甘い物を振る舞うからそのつもりでな」

「…………はい」

「分かればいい」

 そう言ってシャーリーもチョコレート菓子を口へと運ぶと、

「中々に良い物を使っているな、贅沢な味だ」

 と言ってさっさと食べ終えてしまうのだった。

 そうして食後の茶を飲みながら、

「ごちそうさまでした、多分僕の生涯で一番の贅沢な食事だったと思います」

「何を言う、クロシドライトに着いたらもっと凄い物を出すつもりだから心しておけ」

「ええ!?……はぁ、分かりました」

「さて、簡単に話したい事も話したし、もう部屋に戻って休むといい。明日は早いからな」

「はい、ありがとうございました」

 そう頭を下げるイネスに、シャーリーは「うーん」と唸る。

「やはりその話し方は気になるな、もっとくだけた話し方で構わないんだが」

「いえ、これ以上は無理ですよ」

「年上にそう言われるのは不本意だ」

「王女様に失礼な物言いはできませんので」

 イネスがそう言えば、シャーリーは仕方ないとばかりにため息を吐いて、

「まぁ、仕方ないか。それじゃまた明日」

「はい、おやすみなさい」

 イネスはそう言うとお茶を飲み干し、席を立つ。

 先程の使用人の案内で、与えられた部屋へ戻ると扉を施錠された。

 イネスは先程やろうと思っていた、持っていた荷物の確認をし始めた。

 足りないものが無いかと見ていると、財布からごっそり金貨銀貨の類が抜かれていた。残っているのは価値の低い銅貨ばかりで、これからの冒険が少々辛いものになるだろうと思う。

 けれども相棒である大剣は傷つく事無く無事だったため良しとするのだった。

 変わった形の大剣だ。

 イネスの身長程あり、片刃で金属部分の面積が広く、柄から約三分の一のところにもう一つ持ち手が付いていた。刃の鋭さではなく、重量叩き潰す系統の類いのものだというのが見てとれた。

 イネスはその大剣を片手で軽々と持ち上げると、肩に担いだ。イネスはこの体格のわりに力が強く、この程度のものを持ち上げる等造作もない事だった。

 体が鈍っていないか素振りをして試したかったが、この狭い部屋では無理だったので諦める事にした。

 窓の外を見れば、暗闇の中深々と雪が降っていた。この様子だと明日も冷えるだろうと思いながら、部屋に備え付けられていた風呂へ入って体を温めると暖かな寝間着に着替え、牢獄のそれとは雲泥の差である、柔らかく温かいベッドに横になってその日はただただ深く眠るのだった。

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