第50話 語り部不在の部屋にて④~消された真実~ 1
やぁ、いらっしゃい。
あれ? 随分と久しぶりなのに、驚かないんだね。
え? ヴォルムから聞いてたの? なんだ、案外おしゃべりなんだね、ヴォルムって。
ねぇ、僕のこと、待っててくれた?
ふふっ、嬉しいな。
僕も会いたかったよ、あなたに。
だけど、色々とやるべきことがあってね。どうしても体が空かなかったんだ。
体がふたつあればいいのにね。
でも、あなたが僕を待ってくれている間に、色々と進めることができたんだ。だから、今日はその話をあなたに聞いてもらいたくて。
是非あなたに、聞いて欲しいんだ。
あぁ、大丈夫。この部屋の時間はヴォルムに止めて貰っているから、誰にも聞かれはしないよ。
あなたと僕だけの、秘密の時間だから、ね。
※※※※※※※※※※
「きゃっ!」
「おっ……と」
バルコニーから部屋の中に入り込んだつむじ風から現れたのは、ブルームとヨーデル。
降り損ねて体勢を崩したブルームは、ヨーデルに横抱きにされている。
「もぅっ! なんであなたはいつもそうやって突然僕を攫いにくるのっ⁉」
ゆっくりと床に足を付けながら、ブルームが不満をぶつけている相手は、僕。
「同感だ。ブルームにも俺にも、予定ってもんがあるんだ。こう突然連れて来られたんじゃ」
「へぇ、それじゃあ聞くけど、こんな夜更けに何の予定があるのかな? あぁ、ブルームは答えなくていいよ、どうせライト絡みでしょ。ヨーデルは? もしかして、逢引きの約束でも? 相手はそうだな、あの面白いメイドの……」
「お前には関係ない。で、なんだ? こんな夜更けにこんなメンツ集めて、何の用だ?」
部屋の中を見回したヨーデルが、不機嫌そうな顔で僕を見る。
ここは、エトの部屋。
部屋の中にいるのは、エトと僕の他には、ユウ、ブルーム、そしてヨーデル。
僕が計画を実行する仲間と決めていた人たちだ。
レーヌ嬢を再びロマンス王国とギャグ王国の守護神に戻す計画を。
「長くなりそうだから、とりあえず座って」
「あのなぁ、俺は明日の朝イチでチェルシー女王に呼ばれて」
「それなら心配ないよ。外の時間は今、時の精霊に止めて貰っているから」
「……はぁ?」
精霊、と聞けば、大抵の人間は5属性、すなわち火・水・風・土・木の精霊を思い浮かべる。3大精霊の事は、知識として持ってはいても、あまり身近ではないから、かな。実は一番身近なのだけど。
だから、ヨーデルの反応は、当然予想はしていた。僕はヴォルムを呼び出した。
「ヴォルム」
”何用だ。時はすでに止めてある”
突然姿を現したヴォルムに、ヨーデルは右手を腰に伸ばした。けれども指先に触れるのは空気だけ。
ゼムに急に連れて来られてしまったから、おそらくいつもは身に付けている剣、オディールを身に付ける時間が無かったんだろうね。
そのことに気づいてヨーデルは小さく舌打ちすると、ブルームを庇う様に身構えた。
……ユウは結界が張れるからいいとして、エトもユウの結界に入れるからいいとしても、僕のことを庇ってくれる気はサラサラないんだねぇ、ヨーデルは。僕のこと、一体なんだと思っているんだろう? ま、ヴォルムを呼び出したのは僕だから、別にいいのだけどね。
「ありがとう、分かってる。仲間が揃ったから、一応紹介しようと思ってね」
”承知した”
そう言うと、ヴォルムは表情一つ変えずに音も無く僕の隣に移動する。
”我は時の精霊。我の主は、ヒスイ。我が力は、ヒスイのもの”
エトとブルームはこの間ヴォルムに会ってたけど、まるで初めて見たかのように驚いていた。そう言えば、ヴォルムが時の精霊だっていう事は言ってなかったかな。
ユウはさすが王族だけあって、時の精霊の事は知っていたんだろうね。主が僕だって言葉に、反応していたようだった。3大精霊が神でもない、ましてや王族でもない人間と契約を結ぶなんて、アリエナイ事だろうから、当然の反応だと思う。
そして、ヨーデルは、と言えば。
「時の精霊? って、何者だ?」
やっぱり訳が分からないような顔で、警戒を解くことなくヴォルムを凝視している。
「外。見てみたら」
「は? お前、何言って」
「いいから」
こういう事は、言葉で説明するよりも自分の目で確かめて貰った方が話が早い。幸いなことに今日は風が強くて、木の葉が宙に舞っていたから。もっとも、その木の葉は、今は宙に浮いたまま止まっているけれども。
「なっ! どうなってんだ、いったい……」
バルコニーに出たヨーデルを追って、僕は呆然と宙を眺めているヨーデルに声を掛けた。
「ね? だから言ったでしょう? 『外の時間は今、時の精霊に止めて貰っている』って」
「……何のためだ? お前一体、何を企んでるんだ?」
「それも、この間言ったはずだよ。『この国をあるべき姿に戻したいだけなんだ』って」
「あぁ、確かに聞いた。だが、何の話だ? 革命でも起こすつもりか? 何が不満なんだ?」
「だから、それをこれから」
「悪い事は言わない。革命なんて、おかしなことは考えるな」
やっぱり、彼を仲間に選んで正解だって思った。
口は悪いし性格もどうかと思うけど、さすがはもと一国の王子、しっかりしてる。
僕の肩を両手で掴んで真っ直ぐに見つめるヨーデルに、僕は言った。
「革命なんて、そんなつまらないことを僕が考えるとでも? 説明するから、早く部屋に戻って」
僕たちが教えられてきた『両王国に途方もない厄災が降りかかる危機』、すなわち他国からの侵略。
その『他国』を率いていた国が自分の祖国だと知ったら、ヨーデルはどう思うだろうか。
肩に置かれた彼の手を振り払い、僕は先に部屋へと戻った。
「……確かにヒスイのリュートの音色ってすごくいいもんね。でも、それだけじゃないでしょ? ヒスイと契約した理由って」
”うむ”
「それって、これからヒスイが僕たちに話してくれるお話と関係があること?」
”そうだ”
「そっか。3大精霊も絡んでいるとなると、かなりの大事だね」
戻った部屋では、ユウがすっかりヴォルムと打ち解けて話をしていた。さすがは人たらし。いや、ヴォルムは精霊だから、精霊たらし、かな。
一方、ユウとヴォルムとは距離を取って、ブルームとエトが身を寄せ合うようにして体を縮こまらせている。
……なんだか愉快な仲間になりそうだね、本当に。
「ヴォルム、ちょっとここに居てくれるかな。例の件、お願いしたいから」
”承知した”
僕の言葉に、ヴォルムはユウとの話を切り上げて僕の傍らに控える。
「え~……僕もっとお話したかったのに」
不満そうに口をとがらすユウはさておき、部屋に戻って来たヨーデルと、部屋の隅で怯えているブルームとエトを中央に呼び寄せて、僕は椅子に腰かけた。
椅子はユウにお願いして人数分用意してある。円を描くようにして。
「さ、みんな座って。これから僕が話す事は、消された真実。誰にも言ってはいけないよ……いいね?」
※※※※※※※※※※
これまで僕は、ひとり気ままに動いて来た。
だからかな。
自分以外の誰かと行動を共にするのって、こんなにも大変なものなんだなって、改めて感じたよ。
だけど、僕の計画を実行に移すには、どうしても仲間の力が必要なんだ。
僕の話を聞いて、彼らはどう思うか。どう考えるか。
そしてあなたは、どう思うだろうか。
でも、彼らなら……あなたなら、きっと。
あぁ、外ではもうこんなに時間が経っているみたい。
これ以上あなたを引き留めてはいけないね。
続きはまたにしよう。大丈夫、僕はここで待っているから。あなたのことを。
じゃあ、またね。
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