第22話 小都市サジェロネ1
勇者の来訪に浮かれて騒いでいた兵士や列に並ぶ平民達が一瞬で静まり返った。
「ゾルガー…様の、お嬢様が攫われたとは聞いておりませんが。」
隊長の言葉に一瞬タイラーがこちらを見たが、私としてはなんの驚きも無い。
「いや、間違いない。とにかく王都へ問い合わせてくれ。」
タイラーの剣の柄頭にも紋章が施されているのだから勇者という事は疑われていないだろう。だがシンプルなワンピースを着て髪も一つに結っただけの私の事は半信半疑という所だろう。
「かしこまりました。とにかくこちらへ。」
列に並ぶ平民の横を通り過ぎながら門を通過し街へ入るようだった。
私は一言も話さないまま歩いていた。
「アレがゾルガー家のお嬢様だって?」
「シッ、余計な事言うんじゃない。」
「王都で贅沢に暮らしてるんじゃないの?」
「思ったより地味だな。」
コソコソと話している声が少し聞こえてくるがまるで他人事だ。
地味なのはあってるけど。
街へ入ってすぐの建物に案内され、ある一室に通されるとそこで待つように言われた。兵士達は出ていきタイラーとレーンの三人だけになった。
「失礼だが本当にゾルガーの娘なんだよな?」
レーンがちょっと動揺しつつ聞いてくる。
「残念だけど本当よ。でもこの対応に驚いたりしないわ。むしろ当然ね。」
ゾルガーの娘が攫われたとなれば攫った奴だけでなく詐欺的な要求もあるだろう。まして私は『
「思っているより酷そうだな。」
レーンがタイラーに話している。私を助けて恩を少しでも売るという作戦はやはり無謀だったようだ。
門がある大きな街には魔術師が配属されており連絡要員として働いている。
設置してある連絡用魔術具を動かせるのが魔力を持つ者だけだから、それほど魔力が強くない者の仕事とされている。
待つこと一時間。
バタバタと足音が聞こえこの部屋のドアの前で止まると、一呼吸おいてノックされた。
「失礼致します。」
貴族服に身を包んだ三十代くらいの男が入って来ると私達三人を見て、私に近寄って来た。
タイラーが素早く私と男との間に立った。男は一瞬眉間にシワを寄せたがスッと抑えた。
「私はこの街サジェロネの責任者、ユリシーズ・パルトロウと申します。
ゾルガー様のお嬢様、このたびは思いもよらぬ災難で大変だった事でしょう。
少しでも早くご帰宅が叶うよう尽力させて頂きますので、是非私共の屋敷にご滞在下さい。」
丁寧に扱われてしまいとても居心地が悪い。
「パルトロウ様、お申し出ありがとうございます。ですがわたくしは…」
「パルトロウ様、私は騎士団所属辺境部隊大隊長のタイラーと申します。」
突然タイラーが私を遮り話しだした。
「この度お嬢様は騙され連れ去られるという大変お気の毒な目に合われました。
あわやというところでお助けできた訳ですが、まだお心の傷は癒えておらず、お助けした私共と離れる事が不安だと仰ってらっしゃいます。
失礼ですが面識の無いパルトロウ様宅におひとりではいらっしゃらないかと。」
ツラツラと心にもない事を話すタイラーに驚いていたが、パルトロウはムッとしたもののタイラーが勇者だと知り態度を決めかねているようだ。
「ではゾルガー様だけでは無く、勇者タイラー…殿と部下の方もご一緒にいかがですか?」
まだ迷いが見られる感じだが、なんとかタイラーに
チラッとタイラーを見るとニッコリ微笑まれたのでちょっと寒気がしたがこっくりと頷いた。
「では、こちらへ…」
パルトロウはホッとするとすぐに私の手を取ろうとしてタイラーにまた遮られた。
「ローズマリー様、コチラだそうです。」
そう言って私を部屋の外へ導いた。
パルトロウは足を早め私の少し後ろを歩くと、いかに自分がこの街の安全を守りたゆまぬ努力で国へ尽くしてきたかを話し始めた。
彼はどうやら大きな派閥に属していないらしく私の父であるゾルガーの派閥に入りたいらしい。
彼が住まう街の中心部へ馬車でやって来た。
ここに来るまでに通った道は美しく整えられ街の人達も清潔な感じだった。王都と比べても見劣りすることはなかった。
王都の街ですら一度しか見た事がない私は馬車の窓から外をキョロキョロと見てしまい向かいに座るタイラーに笑顔で睨まれた。
目が笑ってないよね。
パルトロウの屋敷につくと豪華な部屋に案内された。タイラーが私を少しゆっくり休ませたいと言い、部屋には三人だけになった。
「ふぅ…なんですかあれは。」
今までと違う態度に驚き、そして疲れた。
「仕方ないだろ、貴族が相手だ。それより本当にゾルガーの娘だったんだな。」
やはり半信半疑だったようでホッとした感じだ。
「だけど、捜索依頼が出てなかったのか?一体どうなってんだ?」
二人にパフから聞いた私が攫われてからの城の様子を説明した。
「私が攫われた場所は王の秘書のセバスチャンの自宅からだったの。彼が突然失踪したので手がかりを探しに行った時に連れさられたの。
騎士団副長のラウリス様が一緒だったから団長のギデオン様に報告がいって、王へ報告されたと思う。
父は私が誰かに利用されて王や、国に迷惑をかけてはいけないから捜索は一族ですると言い張ったらしいけど…ラウリス様がなんとか説得してくれていたようね。
でも捜索が始まる前にあなた達に助けられたって所みたい。」
二人共無表情に黙り込み私の方は見ない。
「あの…なんと言えばいいか…」
レーンが同情したのか困ったように言った。
「大丈夫です。そんな気はしてました。問い合わせに応じたのもきっと騎士団へ連絡がいったからでしょう。だから私がゾルガーの娘だと認められた。直接父やお屋敷へ行けば無視されたでしょうね。運が良かったのかも。」
出来るだけ感情を込めないように話し続けた。
パフから聞いた時点で覚悟はしていたから、平気だ…
ドンと突然タイラーが足を目の前のテーブルに乗せた。
用意してあったお茶はこぼれて受け皿にたまる。
「ちょっと、やめなさいよ!足をおろして!」
驚いて注意すると彼は悪びれる事なく腕を組んで私を見た。
「悪いな、礼儀は覚えたてでよく分からない。」
「平民でも貴族でもテーブルに足を乗せる事は駄目に決まってるでしょ!早くして!」
彼の足を指差しどかすように言った。
「はい、はい、全くお嬢様はうるさいな。」
タイラーは足を下ろすと立ち上がりドアの方へ向かった。
「どこ行くんだ、オレとローズマリー様が二人きりはマズイだろ。」
レーンが慌ててそう言ったけどタイラーはドアを開けた。
すると数人の女中が手にドレスを持って現れた。
「お嬢様のお召し替えだよ。」
タイラーの言葉にレーンは慌てて彼と一緒に部屋を出て行った。
女中たちがズラリと私の前に並ぶと恭しく話し出す。
「お嬢様、失礼致します。旦那様から言いつかって参りました。今夜の晩餐にむけてお召し替えをお手伝いさせて頂きます。」
ちょっと緊張気味の女中頭らしき中年の女性が礼を取りながら言った。後ろに控えている若い女性も少し震えている。
多分、ゾルガーのお嬢様に絶対に失礼の無いようにと厳しく言い渡されて来たんだろう。
「ローズマリーと申します、宜しくお願いします。先ずはお名前を聞かせて下さい。」
「は?」
女中頭が驚いて顔をあげた。
「あ、いえ…失礼致しました。あの、なんと仰ったのでしょうか?」
「お名前を教えて欲しいのです。知らない人の前で服を着替えたくないの。駄目かしら?」
「イィィエ、とんでもございません。私はエラでございます。」
「エラ、よろしくね。それから?」
後ろに控えていた数人からも名前を聞き出し、やっと全員の顔から少し緊張が緩んだところで先ずは湯浴みに連れて行かれた。
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