第23話 小都市サジェロネ2
隅々まで洗われ、扱い辛い巻毛の赤毛を、丁寧に梳いていつもと違いふんわり華やかに結いあげられた。
数着持ち込まれたドレスの中から出来るだけシンプルな物を指差すと、女中頭のエラがニッコリしながら私とドレスを見比べた。
「ローズマリー様、これは少し地味過ぎてバランスが悪いと思います。お美しい髪を活かすにはコチラの方が宜しいかと。」
「そんなに派手なのは着た事がないわ。」
「派手ではございませんよ。上品ですからきっと良くお似合いですよ。」
晩餐会用のドレスなんて自分では着たこと無いけど確かに皆が派手に着飾っていたような気がする。
「わかったわ、お任せします。」
エラは喜んで私にオススメのドレスを着せ化粧を念入りにしてくれた。仕上がりを見て驚いた。
「どんな魔術を使ったの?」
鏡の中には見知らぬ美麗な女性が驚いた顔をしていた。
「何を仰ってるのですか、ローズマリー様はとてもお綺麗です。少しのお化粧でとても華やぎますね。出来ればもう少しお太りになった方がよろしいです。」
出来ばえに満足したエラが他の女中達を引き連れて下がって行った。
なんだか晩餐会前に既に疲れてしまい独りで部屋にいると窓を突く音がした。
「ポッポ」(どうしたのだ、その格好は?)
窓を開くとパフが中へ入るなり私をジッと眺めて言った。
「パウトロウ様との晩餐会の為よ。こんなの落ち着かないわ。」
「ポッポ」(ロージーは堅苦しい事が苦手だからな。だが良く似合っているぞ。)
「本当に?でもパフもルーと一緒で身びいきが過ぎてるからな。」
本当なら断りたい所だが屋敷に来てしまった時点でそれも無理だろう。仕方なく諦めて待っているとノックが聞こえた。急いで窓を開けパフを外へ出し返事をした。
「どうぞ。」
ドアが開きタイラーがレーンと何か話しながら入って来た。
「もう時間なの?」
私は二人の元へ近づいて行った。
「あ、ローズマリー様、今夜の事ですが…」
そう言ってこっちを見たレーンが視線を私に向けたまま停止した。隣でタイラーも黙って見てる。
二人共パウトロウに用意してもらったのか晩餐会用にドレスアップしていた。
「良かった、二人共晩餐会に出るのね。私一人だったら断る方法を考えなくてはと思っていたの。」
レーンがほぉ〜っと感心したように息を吐いた。
「いやぁ、今夜のローズマリー様はお美しいですね。」
「止めて下さい。お気遣いなく、ただでさえ慣れてなくて落ち着かないのです。おかしくないですか?」
私はその場でくるりと回ると二人に確認した。
「大丈夫です、よく似合ってます。なぁ、タイラー?」
「あ、あぁ、問題ない。」
レーンに話を振られたタイラーが無表情のまま答えた。
良かった、タイラーがそう言うなら大丈夫だろう。彼は私に気を使ったりする訳が無い。
ホッとして頬が緩んだ。
「ではそろそろ行きましょうか、ほら、タイラー。」
レーンがじっと動かないタイラーを促すと彼はちょっと嫌そうに私に手を差し出した。
「お互いに不本意なのは仕方が無いと諦めてくれ。これも秘密保持の為だ。」
「私をエスコートするって事?」
そこに手を乗せると腕につかまらせる。
「これだけじゃない、晩餐会ではオレの言う事を聞いてもらう。いいな?」
聞かなきゃパフの事を父にバラすという事か。
「わかったわ。あと少しですものね。」
王都まで数日。それより先にラウリス様でも迎えに来ればタイラーに頼らなくてもいいし、私を助けたのが彼と確定すれば父に恩を売るという役目は終わるだろう。
彼にエスコートされ廊下を進む、窓の外をパフが心配そうに付いてきていた。
晩餐会が行われる会場前に付くと人の多さに驚いた。せいぜいパウトロウ夫妻にあと数人程度だと思っていたのが二十人程の招待客がいたようだ。もちろん皆、貴族だろう。
こんなに大勢の人が参加する晩餐会は初めてでタイラーに捕まった腕をギュッと引き寄せた。彼は私が緊張しているのがわかったのかその手にそっと彼の手を重ねた。
「落ち着け、大丈夫だ。オレに任せておけばいい。」
目を合わせてそう囁かれなんだかドキッとしたが安心もした。
「ふぅ…わかりました。大丈夫です。」
二人でその中へ入って行くと皆が私達に気づき近寄って来た。
「ゾルガー様。お初にお目にかかります。ディード・ライトと申します。」
「ゾルガー様、ロバート・ジャロウです。お見知りおきを。」
次々と挨拶をしてくる貴族達に顔が引きつりながらも何とか笑顔で対応していた。皆がゾルガーの名を口にし挨拶してくるが一向にタイラーには触れない。
なんだかちょっと気になって横を見たが彼は気にするでも無く笑顔で応対していた。その時一人のご婦人が興味本位に私が攫われた時の事を尋ねてきた。
「今回は大変な目に遭われましたねぇ、お怪我など無かったのですか?」
私はここぞとばかりにタイラーの事を持ち出した。
「えぇ、とても怖い思いをしましたが運良く、勇者タイラー様に助けて頂きましたのでこうして助かりましたの。」
そう言ってニッコリし、彼を見上げた。タイラーは一瞬驚いた様な顔をしたが私に笑顔で応えた。
「私がたまたま通りがかりに不審な馬車を発見できて幸運でした。こうしてお助けする事ができ光栄です。」
「まぁ…勇者タイラーでしたの?」
その御婦人はどうも彼の事を知らされて無かったらしくとても驚いた。他の人達の中にも知っている人と知らない人がいたようで、どうやら誰が平民の勇者タイラーに最初に声をかけるか探り合っていたようだ。
「えぇそうです。この方が魔王を倒し侵略戦争でも功績をあげたタイラー様なんです。ご帰還の途中でわたくしを助けて下さったのです。」
そこからは御婦人方が詰めかけタイラーは質問攻めにあっていた。彼女達は社交やお茶席で話題を振り撒き、自分は勇者タイラーに会ったと自慢したいのだ。
だが男性達は貴族と平民という地位の違いを勇者で大隊長のタイラーに対してどうすればいいのか考えあぐねているようだ。
時間が来たのか上品なベルの音がすると皆が次の間の晩餐会会場へ入って行った。
「はぁ…ちょっと怖かったわ。」
「女は押しが強いな。」
御婦人方の迫力に二人共押され気味だったので始まりの合図は助け船だった。
会場に入り私が案内されたのは主賓の席だった。思わずタイラーを振り返ると彼は小さく頷いた。
確かに勇者でも平民の彼をいきなり主賓には出来ないか。
私は諦めて着席した。タイラーはパウトロウの隣に席を用意されていた。これだってけっこう思い切った事では無いだろうか。レーンは流石に着席はせずタイラーの後ろに控えているだけのようだ。
だがそこでまたひと悶着始まった。
タイラーの隣に案内された貴族男性が着席を拒む仕草をしたのだ。タイラーは気にせず座ったままで私を見ていた。
主催のパウトロウもコソコソと貴族男性に何か合図を送っていた様だがおさまらずザワつき出した。
私はそっとため息をつくとタイラーに話しかけた。
「タイラー様、出来ればお隣に来てくださいませんか?ここは知らない人ばかりで…」
困ったわという感じでパウトロウを見ると彼が助かったとばかりに頷いたのですぐに席がうつされた。
私と反対のタイラーの隣は先ほど勇者タイラーに興味津々だった御婦人だ。問題ないだろう。
やっと皆が席に付き晩餐会は始まった。
豪華な食事が振る舞われそれぞれが隣や向いの客と話す中、私はパウトロウとその隣に座る先ほどタイラーの隣を拒否した貴族にずっと捕まっていた。
確か彼は最初に私に挨拶してきたディード・ライトだ。彼らは自分達がいかに優秀で街の為国の為に尽くしてきたか話し、これからは王都へ住まいを移してゾルガー一族と共に王へ尽くして行きたいと話していた。
ディード・ライトは独身、パウトロウは離婚したばかりらしく自分達が今までどれだけのご令嬢から婚姻をもちかけられたかをお互いに自慢していた。
はぁ…
誰にもわからないようにため息をつくのには慣れている。
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