第20話 町の宿3

 夕食の時間が来てレーンが呼びに来た。

 

「どうする、部屋に運ばせるか?」

 

「いえ、一緒に行きます。」

 

 ついていくと先にテーブルに着いていたタイラーの前の席に座った。レーンが一瞬、私の椅子を引こうとして戸惑っていた。彼は割と貴族に接することに慣れているようだ。

 

 レーンも向かいに座ると料理が運ばれてくる。

 宿の娘のリリーもお手伝いしていて、私達のテーブルにも料理を運んでくれる。

 

「お姉さん見て。ちゃんと髪を梳いて結び直したの。」

 

 キレイにまとめられたおさげを見せながら言った。

 

「ちゃんと出来てるわね。アレもした?」

 

「大丈夫、ちゃんと言った。今まで言ってなかった分も沢山言っておいた。」

 

 二人でニンマリ笑った。

 

 リリーがいなくなった後タイラーが変な顔して聞いてきた。

 

「なんの話だ?」

 

「駄目よ、女の子の秘密なの。」

 

「お遊びかよ。」

 

 鼻で笑って馬鹿にしてくるがこっちは真剣だ。

 

「遊びじゃないわ。女の子にとって可愛さは死活問題なの。まぁ、私には関係ないけど。」

 

「なんだよ、自分は充分可愛いつもりか?」

 

「そんなこと言ってないわ。私が可愛くなっても意味が無いって事よ。」

 

 どうせ屋敷に一生引きこもりだ。容姿は美しかろうが醜くかろうが関係ない。

 

 そこからは三人で無言で食事を終えた。食堂も兼ねている宿には段々と人が増え賑やかになってきた。

 タイラーとレーンがビールを頼み出したので私は部屋に戻る事にした。階段を上がっていると数人の男達とすれ違いジロジロと見られた。

 出来るだけ顔を伏せて部屋へ急いで帰った。そんなにあからさまに見られる事は無かったのでちょっと怖かった。

 

「はぁ…疲れちゃった。」

 

 ベッドに座ったがそのままパタリと横になった。

 

「ポッポ」(大丈夫か?慣れない場所で疲れたんだろ。)

 

「そうね、知らない場所に知らない人だもの。仕方ないわ。」

 

 世間知らずは自覚していたが最低限の事はやって来たと思っていた。が、それは貴族としての事だ。

 もしパフが言うように父から逃げ出すのなら平民の様な暮らしになるだろう。だとしたら何も知らないのと同じかも。これじゃ駄目だな。

 

 折角の機会だから城に帰る前に色々と体験しておいた方がいいだろう。

 

「最初の関門は共同シャワーね。」

 

 着替えを手に立ち上がるとパフに決意表明した。

 

「今からシャワーを浴びて来るわ。」

 

 流石に数日キレイにしていないのはもう限界。浴びない選択肢は無い。

 

「ポッポ」(付いていくか?)

 

「パフは男の子でしょ、駄目よ。すぐそこだし大丈夫。行ってきます。」

 

 深呼吸してドアを開けシャワールームへ向かった。と言ってもすぐ近くだ。誰も使っていない事を確認し中に入り小さいカンヌキのような頼りない鍵を閉めた。

 着替えを置いて服を脱ぎカーテンで仕切られた場所へ行くと温かいシャワーを浴びた。宿屋だけあって魔石でお湯が出るようだ。

 

「気持ちいい〜。」

 

 数日ぶりのシャワーに感動してキレイになった満足感でいっぱいだ。体を拭いて服を着て髪を拭いていた時にドアを激しくノックされた。

 

「いつまで入ってんだよ!早く変われ!」

 

「は、はい!」

 

 まさか急かされるとは思っていなかったので慌てて片付けた。髪がまだ濡れていたが出なければ。

 平民は髪をおろしていても気にしないだろうけど肩のところでタオルで束ねて包んだ。

 

「すみません、遅くなってしまって。」

 

 恥ずかしさに顔を伏せながら行こうとすると肩を掴まれ止められた。

 

「おぉ!さっきのべっぴんさんじゃないか、いいねぇ。」

 

 ハッとして見上げると見知らぬ男がいて酒臭い息を吹きかけられた。

 

「う…離して下さい。退いて…」

 

 掴まれた腕を振りほどこうとしたら逆に壁にドンと押し付けられ今度は両腕を掴まれ顔を近づけて来た。

 

 え…イヤ…

 

 あまりに急な事で怖くなって体が震え上手く声を出す事も出来なかった。

 

「は…離して…」

 

「震えちゃって可愛いな。オレの部屋に来なよ。」

 

 そのまますぐ近くの私の部屋の隣のドアを開けると引きずり込まれそうになった。

 

「オッサン、オレの連れだ。離しな。」

 

 タイラーがそこに居た。

 

「あぁ!?」

 

 男は一瞬凄んだがタイラーが腰に差してある剣をチラつかせると黙って一人で部屋に戻った。

 私は着替えを抱きしめまだ震えが止まらなかった。

 

「大丈夫か?部屋に戻れるか?」

 

 私の部屋はさっきの男の隣だ。戻れるわけ無い。

 

 黙って首を振ると彼は面倒くさそうなため息をついて自分の部屋へ入れてくれた。中は全て同じなのかベッドが一つに小机と椅子が一つ。

 立ち尽くしているとベッドに座らされ自分は椅子をベッドから離して置くとそこに座った。

 

 うつむいていると膝の上に置いた着替えや震える手にまだ濡れている髪から雫がポタポタと落ちていた。

 

「大丈夫だ、もう誰も触れたりしない。」

 

 優しく慰められ涙が出そうだ。

 でも彼の前で泣きたくない。

 手の震えを止めようとギュッと握りしめたがなかなかおさまらない。

 

「はぁ…手を緩めろ。」

 

 タイラーが面倒くさそうに言った。

 

 顔を上げると彼は立ち上がり椅子を持って側に来た。

 

「いいか?ちょっと触れるだけだ。」

 

 そう言って目の前に座り私の握りしめられた手に触れた。ビクッとして振り払おうとしたが両手で包み込まれた。

 

「怖い思いをしたんだから体の好きにさせてやれ。力を抜いて、ゆっくりと息をはけ。」

 

 彼の温かい手になんだかホッとして涙がこぼれた。タイラーがそれを指で拭うと頬に触れ顔を近づけて来た。

 

 はぁ!?

 

 慌てて彼を突き飛ばすと立ち上がった。

 

「何をするのです!」

 

 タイラーは悪びれもせずヘラっと笑った。

 

「それだけ元気なら大丈夫だな。今度からそう言って突き飛ばせばいい。もう部屋に帰れ。」

 

 そう言ってベッドに寝転んだ。

 

 なんて奴!酷い目にあったばかりなのにこんな失礼な事を!

 すぐにも戻ってやりたいけど隣はあの男だ。

 

「か、代わってよ!部屋。」

 

「はぁ?」

 

「あなたがあっちを使って。私ここで寝る。」

 

 舌打ちするとタイラーは黙って出て行った。すぐにパフが窓を突いて来たので中へ入れた。

 

「ポッポ」(何だその顔!?奴に泣かされたのか?)

 

「違う、助けられたの。けどやっぱりムカつく!!」

 

 鼻をかみ、涙も拭いてベッドにボスっと座るとさっき彼が近づいてきた時と同じ匂いがした。

 

「もぉーー!!ムカつく!」

 

 毛布をバタバタさせてその匂いを消した。

 

 

 

 

 ムカついてなかなか寝付けなかったが一度眠ってしまうと一瞬で朝になった。

 

「ポッポ」(起きる時間だぞ。)

 

 パフに起こされたが結構スッキリと目覚めた。用意してあった水で顔を洗い髪を梳き一つに結い上げて丸めた。荷物を片付けているとノックが聞こえた。

 

「ロージー、食事の時間だ。」

 

 レーンが呼びに来てくれドアを開けるとタイラーが前を通り過ぎた。

 

「おはようございます…兄さん。」

 

 そう声をかけたが無視された。

 

「おはよう、ロージー。」

 

 レーンは優しく返してくれそのまま食堂へ向かった。昨日と同じ席で座っているとリリーが食事を運んでくれた。

 

「お姉さん達今日出発しちゃうの?」

 

 リリーが悲しそうに私の手を取り繋いできた。

 

「そうなの、残念だけど。元気でね。」

 

 そっと彼女の髪を撫でるとリリーがニッコリ微笑んだ。

 

 持ってきてもらった食事を食べているとレーンがジッと私を見ている。

 

「ロージーは、その。忌避感が無いんだな。」

 

「え?忌避感…あぁ、そうね。別にないわ。ずっと気にした事なかったから城ではちょっと驚いたの。」

 

 エルロイ伯母の教育で貴族は平民に忌避感がある人がいるという事は聞いていたが、それは話の中だけというか昔の話だと思っていた。実際、エルロイ伯母も使用人にも優しかった。

 

 プライス親子のあからさまに平民を避ける人を初めて見た時の衝撃は今も覚えている。

 

 彼らは私の事も下に見ていたので私的にはアチラが別物という感じだ。

 

「辺境暮らしがこんなところで役立ったな。」

 

 悪意がない感じでタイラーは言ってる様だが言い方が何かムカつく。

 

 

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