第19話 町の宿2
渡された鍵を握りしめて鍵穴を見つめていた。
「まさか鍵が開けられないんじゃないだろな?お嬢様。」
三部屋離れた所からタイラーがからかう様に声をかけてくる。
「ち、違います。大丈夫ですわ。」
ちょっと焦りながら鍵を開け部屋の中に入った。
ベッドと小机に椅子が一つの小さな部屋で思っていたより清潔な感じだ。
窓の外はまだ薄暗くなって来たばかりで食事には早そう。二階から見下ろした町はそこそこ賑やかで商人や冒険者達が行き交っている。
宿に入る時に外で待たせていたパフを部屋に入れる為に窓を開けた。
「ポッポ」(見張りと護衛用に二手に分かれた方がいい。)
「そうね。」
パフが小机に止まりながらそう言うので窓を閉めカーテンをひいた。ベッドに腰掛けて両手を組んで目を閉じると集中した。
私の中の魔力が揺れると両手が少し温かくなる。目を開くと手がほんのり光り、それが段々と強くなって手を広げたそこにパフがもうひとり現れた。
「ふふ、可愛いが増えたわ。」
緩んでしまう頬で新しいパフに頬ずりした。
「ポッポ」(いいから、早く窓を開けろ。)
せっかちな新しいパフはすぐに窓から出て行くと屋根に上がったようだ。
「魔物と動物にはすぐに攻撃していいわ。怪しい人が来たら先に知らせて。」
小机にいるパフにそう言った。パフ同士は意識が完全に共有されているのでこっちの子に言えば向こうの子にも伝わる。
ノックがしてレーンの声がした。
「宜しいですか?ローズマリー様。」
「どうぞ。」
ドアを開くと二人が並んで立っていた。
え〜っと。
「椅子は足り無いんですけど、どうぞ中へ。」
三人で狭い部屋の中に立っていた。
「ローズマリー様はお座り下さい。」
レーンが椅子を勧めてきた。ここで遠慮しても仕方が無いので端に椅子を寄せると座った。
「ローズマリー様…」
なにか言いかけたレーンを手で制した。
「あの、城に付くまではロージーでお願いします。敬称も敬語も不要で、目立ちますから。」
最初から気にしていないであろうタイラーはレーンを見て鼻で笑った。
「では…ロージー。」
「はい、何でしょう。」
言いにくそうにレーンが続ける。
「自分の事は自分で出来るか?私達にロージーの世話は無理だ。」
「大丈夫です。私は元々辺境のお屋敷に伯母と二人で暮らしていたので大体の事は躾けられました。」
タイラーが面倒くさそうな顔をした。
「躾けられましたって言ってもな。貴族のそれと平民のそれは違うから。」
「身の回りのことは出来ます。お料理も少しなら出来ますし…」
「俺たちが言ってるのは共同のシャワーが使えて洗濯が出来るかって事だ。」
「うっ…」
それよね。
「やっぱり、とにかく使い方は教えるから自分でやってくれよ。もしくは宿の者に頼むかだが金がかかる。」
「お金は帰ってからどうにか返します。ですけど出来るだけ自分でやってみます。」
「それと、一応オレたちは兄妹って事にしたからそのつもりで。」
は?
「兄妹ですか?ではお兄様とお呼びすればいいですか?」
タイラーはガックリと項垂れた。
「そこからか、敬語も出来るだけ止めてオレ達の事は兄さん、お兄様なんて平民は使わない。こっちは呼び捨て、いいな。あと勝手に出歩くな。どちらかに声をかけろ。」
タイラーはそれだけ言ってすぐに出て行った。残ったレーンが共同シャワーの使い方を教えてくれたが狭いシャワールームの中と廊下を隔てる物が頼りないドアと簡単な内鍵一つなのが驚きで顔が引きつった。
「使えそう…か?」
心配そうなレーンになんとか笑顔で頷いたが不安はまだある。
「あの…言いにくいのですが…」
顔が熱くなるのを手で押え思い切って尋ねた。
「着替えは…どうすればいいのでしょう。」
「て、て、手伝えませんよ!」
レーンが驚いて後退る。
「違います!着替えが無いのです!」
思わず声が大きくなり恥ずかしくてうつむいた。レーンは慌てて私の部屋へ行くと中でお金を渡してくれた。
「これで買って。まだ店は開いていると思うから場所は宿の人に聞いて。」
「一人で行っては駄目なんですよね?」
下着を買うのを見られるのは恥ずかしいが一人では町を歩いた事が無いので心細い。
「あぁ…そうだね。だけど私がついていくのはちょっと…宿の娘にでも聞いてみよう。」
二人で一階まで降りるとまだ食事時ではないせいか食堂に客は誰もいなかった。主人を探し出し娘に店まで案内を頼むと快く引き受けてくれた。
「偉く過保護な兄貴なんだな。」
主人が笑って送り出してくれた。どうやら心配で付き添いを頼んだと思ったらしい。
間違ってはいないけど、変な感じだ。
「お姉さんはとってもキレイね。」
宿の娘はリリーといって十歳の元気な子だった。店に案内してくれながら私と手を繋いでくる。
「あら、ありがとう。あなたも可愛いわね。」
そう言うとリリーは口を尖らせた。
「お世辞はいいの。私は自分が可愛くないって知ってるわ。」
髪をザックリと二つに分け適当にお下げにしているリリーは少しソバカスのある可愛い子だ。
「本当は可愛いのにそんなこと言ってると本当に可愛くなくなるわよ。」
「え?本当?」
リリーは驚くと真面目な顔をした。
「本当、私の伯母がよく言っていたわ。鏡を見て毎日自分に向って可愛いって言いなさいって。そうしなければ可愛くならないって。」
「そうなんだ…私やってない。」
ショックを受けた顔のリリーが本当に可愛い。
エルロイ伯母が言ってくれていた当時、私は子供で、毎朝鏡を見ては言っていたが十三歳を期にそれは止めた。外へ出られないなら容姿は関係なくなったからだ。
「まだ間に合うわ。言ってなくてもそれだけ可愛いんだから言えばもっと可愛くなる。」
「わかった、今日から頑張る。」
話してる内に着替えを売っている店に付き中に入って驚いた。
「選ぶほど無いのね。」
店の棚は空いていて品数はほとんど無く数える程だ。
「戦争がやっと終わったって言ってもこの辺りはまだ品薄でね。何がいるんだい?」
店の女主人が尋ねてくれた。
「えっと、着替え一式あります?」
「下着もかい?」
「えぇ、お願いします。」
今着てる服は薄汚れているが上質なのでタイラー達と行動するには浮いてしまう気がする。三点しかないワンピースの内地味な物を選びすぐに着替えた。
「これって処分する事出来ます?」
脱いだ服を見せると女主人が喜んで買い取ってくれた。今着ているワンピースよりもかなり高く引き取ってくれたので鏡と櫛を二つずつ購入した。
「はい、これは案内してくれたお礼ね。」
リリーに一つずつ渡すと思っていたより喜んでくれた。
「ホントに貰っていいの?」
「もちろん、それで毎日髪を梳いて可愛くなるのよ。」
店を出てから宿にたどり着くまで、地面に足がついてないんじゃないかと言うくらいリリーは飛び跳ねて喜んでいた。
宿に帰るなり自分の母親の元に走って行ってそれを見せて大騒ぎしていた。
可愛い子だな。妹のアイダと一緒に暮らしていたらあんな風に話せたのかな…
リリーといて嬉しかったが少し淋しさも感じた。
母親からもお礼を言われた後、階段をのぼって部屋に向かうと後ろからタイラーがやって来た。
「金を借りてる身で物を買ってやるとか施しが過ぎるんじゃないか?」
「見てたの?」
「一人で行かせるわけ無いだろ。
大事ねぇ…
私はポケットからお金を取出し彼に返した。
「増えてると思うけど、施しだと思って受け取って。もちろん、これからの旅費とは別でいいわ。」
渡されていた金額の倍になっていたそれを受け取ったタイラーがちょっと驚いた顔をしたのを見て部屋に入った。
「ムカつくわ。」
「ポッポ」(だからあの時始末すれば良かったのだ。ずっと付けてきていたぞ。)
もちろんパフが付いてきていたが彼もいたらしい。パフがいる事は彼も気づいているだろうから安全の為では無いだろう。パフがいれば絶対に大丈夫なのだから。
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