第36話 三人と銃

セスタに銃身を作ってもらって一月7日後、海畑での漁の無い「昼の二日」の昼過ぎに城塞の外、いつも警備隊が詰め所にしている場所の近くにササリア、リナ、セスタに来てもらっていた。


海畑には海水が満ちており、周りにも他に人影は見当たらなかった。


「こっちが鍛冶の工房の知り合いで一緒にベーゴマを作ったりしているセスタだ」


まず、セスタをササリア、リナに紹介する。


「で、こっちが俺が世話になっている教会の牧師、ササリア。こっちが警備隊の中隊長のリナだ」


今度はササリアとリナをセスタに紹介する。


「よ、よろしく」


「よろしくね」


[よろしくお願いします]


セスタ、リナ、ササリアは状況がよく把握できていないので少しぎこちなく挨拶した。


「よく状況がわからないと思うけど、とりあえずこれを見てほしい。この「銃」を作ったり広めたりするのに3人には協力して欲しいんだ」


総士郎は麻袋から完成した試作品の銃を取り出した。


それは、全長約1メートルの小銃ライフル型の銃だった。


先日、セスタに作ってもらった銃身に木製の銃座ストックを取り付けたものだ。


「それが銃なんですか?やいばなどはないですし武器には見えませんけど」


「この世界の武器とは根本的に違う原理の武器だからな。今からその威力を見せる」


ササリアの問に総士郎は答えた。


「セスタ。少し手伝ってくれ。合図をしたら、この松明たいまつで銃の上部の穴に火を着けてくれ」


「えーと、わかった」


細めの松明を渡すとセスタは頷いた。


総士郎は銃の先端、銃口から火薬を入れ、その後に鉛のドングリを入れて鉄の棒で押し固めるようにする。


「じゃあ、行くぞ」


銃口を50メートル程離れた木に立て掛けた1メートル四方程の木の板に向ける。


総士郎が予め用意しておいた木の板は、3重に同心円が書かれた的になっている。


銃座を肩に当て的に狙いをつけた。


「セスタ、頼む」


「ああ」


セスタが銃の上部の穴に松明で触れた。


パンッ


乾いた炸裂音がして、白い煙が銃から吐き出された。


大きな音だが耳にダメージが残る程ではない。


「上手くいったな」


総士郎はそう呟いて、的の方へと歩いていく。


「みんな来てくれ」


ササリア、リナ、セスタを呼び、的を見せた。


的の上部、同心円上に書かれた1番目の円の少し外側、的のやや上部に小さな穴が空いていた。


「これが「銃」の効果だ。目に見えない程の速さの鉛の弾が飛んでいって遠くの敵に穴を空けるんだ」


そう言って、総士郎は木製の板の的をどかした。


木の的の下には鉄製の大きな盾が置かれていた。アイアン・スケルトンの盾だ。


縁などは分厚い部分もあるが、全体は約3ミリの鉄板でできている。


「で、その威力は鉄製の盾も貫通する」


四角い盾のやや上部に直径2センチ程の穴が空いていた。


鉄製の盾を持ち、どかす。


「2枚目は貫通はできなかったか」


どかした盾の下には2枚目の盾が設置されていた。


そして、そこにめり込んで潰れた鉛のドングリの尻の部分があった。


弾のめり込んだ部分は鉄製の盾も1センチ近く凹んでいる。


「俺はこの「銃」をこの世界に広めるために女神に召喚された勇者らしい。リナとセスタにはそのための協力をして欲しい。ササリアは今まで通り、協力を続けて欲しい。よろしく頼む」


そう言って総士郎は頭を深く下げた。




「お願い」


リナの声に総士郎は銃の上部に松明を近づけた。


パンッ


炸裂音。


「ぎりぎり的に当たったみたいだな」


「そうね。見に行きましょうか」


リナは総士郎に銃を渡し、的の方へと歩いて行く。


的との距離は約30メートルだ。


的のほぼ下の端、1番外側の円の少し内側に新たな穴が空いていた。


的をどかして1枚目の鉄の盾を見る。


盾の下部に穴が増えていた。


1枚目の鉄の盾をどける。


「今度は2枚目の盾も貫通したか」


2枚目の盾にも1枚目のよりわずかに大きな穴が空き、弾は2枚目の盾も貫通したようだった。


「銃ってこの厚さの鉄の盾を2枚貫くの?」


「条件が良ければそうなるみたいだな」


「弓でも投げ槍でも普通にはありえない威力ね」


リナはため息をついた。


「それに初めて銃を撃った私が的に当てることができたわ。弓と比べると段違いで簡単だわ」


さすが警備隊の中隊長。銃の運用の容易さにも気がついたようだった。




「次はセスタ、試してみてくれ。セスタには距離は10メートルの近距離から的を狙ってもらう」


「あ、アタイか?」


「ああ、一応、全員に撃ってもらうつもりだ」


「わ、わかった」


総士郎はリナが打ち終えた後の銃に細い鉄の棒を突っ込み、中の汚れ、火薬の燃えかすなどを落とした。


そして、銃口から火薬を入れる。


その後、セスタに一番最初に作成を依頼した鉛製のドングリを入れ、鉄の棒で突いて軽く固める。


最後に銃の上部に空いた小さな穴にも火薬を押し込んだ。




総士郎が作った銃の火薬は黒色火薬である。


黒色火薬は硝石、硫黄、木炭を混ぜて作られる火薬であり、地球では中世の時代に中国で作られた最初の火薬である。


しかし、古い時代の火薬だからといって銃に使った場合にはその威力にはそれほど影響しない。


黒色火薬は現代の日本で実用的に使われる火薬の数十分の一の爆発力しか持たないが、銃に使用する場合は量を使うことでそれをある程度は補うことができる。


そのため、戦国時代の火縄銃と現代の小銃ライフルで弾の初速はそこまで大きな差は無いことがわかっている。


ちなみに、異世界ものだと黒色火薬の原料の硝石の入手が難しいのが常だが、総士郎には「豊穣の魔法」というチートがあった。


農地を豊かにする豊穣の魔法を使った土からは大量の硝石を得ることができたのだ。




「いいぞ」


セスタの合図に総士郎は銃に点火する。


パンッ


セスタは的から10メートルの近い距離で銃を撃った。


撃った瞬間に的の真ん中付近に穴が空いた。


「どうだ?」


「撃った瞬間の衝撃がけっこうあるな。でも、耐えられない程ではないな」


的をどかすと2枚の鉄の盾を弾は貫通していた。




「最後はササリアだな」


「えーと、私はソウシロウさんを疑ってませんし。大丈夫ですよ?」


「そこは信用してるけどな。銃ってものを知ってもらうためにも一回は撃ってもらいたい」


「そうですか。わかりました」


「それにササリアは意外と器用だからな期待してる」


総士郎はそう言うと的からかなり離れた位置まで歩いて行く。


的から約100メートル離れた地点でササリアに装填された銃を渡した。


「凄く遠くないですか?」


「的に当たらなくてもいい。試してみてくれ」


「えーと、この筒の先に的の真ん中が来るように、こう肩に当てて狙いをつければいいんですよね?」


「そうだ」


「やってみます」


ササリアは前の二人より様になってる構えで銃の狙いをつける。


「火をお願いします」


パンッ


的の少し右の地面に土煙が舞った。的を外したようだ。


「もう一度お願いできますか?」


「もう1回撃つのか?」


「はい。次は当てられると思います」


「わかった」


総士郎は銃を受け取ると銃への装填作業を始めた。




勘違いしている人が多いが丸い弾丸とドングリ型の弾丸を比べた場合に無条件でドングリ型の弾丸の方が遠くまで飛ぶわけではない。


ドングリ型の弾丸が進行方向を軸にして正しく回転している時にのみドングリ型の先端が安定して空気を切り裂き空気抵抗が大幅に低下、遠くまで飛ぶ弾丸となるのだ。


実は正しく回転を行わない場合、同じ重さの弾丸なら丸い弾丸の方が空気抵抗は小さくなり、遠くまで飛ぶことになる。




総士郎の作った銃には内側に薄く螺旋状の山、ライフリングが切られている。


しかし、銃弾である鉛のドングリは銃口から装填する前込め式のため銃身の内径よりもほんの僅かに小さい経になっている。


このため、普通のドングリ状の弾ではこの僅かな隙間によりライフリングが効かず、ドングリ型の先端を弾の進む方向に安定させることはできない。


そこで、セスタに作ってもらったドングリ状の弾丸には尻の部分に穴、大きな窪みが空いていた。


この窪みに火薬を詰め火を着けると穴の内部の火薬からの爆発の力が外側に向けて加わり窪みの外側の部分、ドングリの尻の部分が僅かに膨らむ。


僅かに膨らんだドングリの尻の部分はライフリングに押し当てられ安定した回転を生みだす。


その回転がドングリ状の弾丸の姿勢を安定させ、空気抵抗を少なくし、長い射程と高い威力を生みだす。




「今です」


ササリアの合図に総士郎は銃に点火した。


パンッ


乾いた音。


的に変化があったかは遠くてよく見えない。


「当たりました」


ササリアは銃を下ろして言った。


「当たったみたいね」


「だな」


リナとセスタもササリアに同意した。


みんな目がいいな。


そう思いながら的へと歩いていく。


的には内側から1番目と2番目の円の間に新たな穴が増えていた。


鉄の盾を確認する。


弾丸は1枚目の盾を貫通し、2枚目の盾の表面で止まったようだ。2枚目の盾には僅かな凹みが見られ、変形して先の潰れた弾が盾のすぐ近くに落ちていた。


試作品の銃は距離100メートルで1枚目の盾をギリギリ貫通できるようだ。


「あの距離でも的に当たるし、盾1枚を貫通するのね」


「俺も1つ目の試作品でここまでできるのは驚いてる」


リナの言葉に総士郎は先の潰れた弾丸を観察しながら返した。


先の部分の潰れた弾丸の残った後部には斜めの傷が無数に付いている。


線条痕だ。


線条痕はライフリングにより弾丸に付けられる傷跡だ。それが弾丸の後部に隙間なく付いている。


ライフリングが十分に効いている証拠だった。




その後、落ち着いて話をするために全員で教会の離れに移動した。


テーブルの四方にそれぞれが座り話を始める。


「私は信じるわ。ソウシロウが異世界から召喚された勇者だってこと」


リナが言う。


「教会の説く話の中でも勇者は時々、異世界の知恵で危機を乗り切ったりすることがあるわ。方位磁石とじゃがいもがそうね」


「じゃあ、もしかしてベーゴマも異世界のものなのか?」


リナの発言にセスタが続く。


「そうだな。ベーゴマも異世界にあったおもちゃを再現したものだ」


総士郎が答えた。


「ササリアは最初から知っていたの?ソウシロウが勇者だって」


「ソウシロウさんは最初、教会の本堂の女神像の前に倒れていましたから」


「それは確かに勇者っぽいわね」


ササリアの答えにリナは頷いた。


「それにササリアと水見をしてみたら全ての属性にリン級の適性があったからな」


・・・


「全ての属性でリン級の適性?」


リナが意味がわからないと言うように呟く。


「ああ、俺は全ての属性の魔法が使える。実践は、、、後で見せる」


「風と光以外にも水・氷、炎、大地、治癒の魔法が使えるってことか?」


「そうだな。セスタに見せた光の魔法以外も使える」


リナとセスタは複雑な表情をしていた。




「それで、お願いなんだが俺が勇者であることは秘密にしておいて欲しい」


「どうしてだ?「俺は勇者だー。みんなで銃を作れー」って命令しちまえば簡単に銃をたくさん作って広めることができるんじゃないか?」


総士郎のお願いにセスタが疑問を投げかける。


「実はな、俺に与えられた神託は「死ぬな」と「銃を作れ」の2つなんだ」


「死ぬな?どういう意味だ?そりゃ?」


「たぶん、そのままの意味だな。十分に用心しろ、警戒しろって話だと思う。実際、5人目の勇者は非業の死を遂げてる訳だしな。だから、俺は権力闘争とかに巻き込まれたくなくて勇者であることを秘密にしているんだ」


「うーん?」


セスタはいまいち納得できてないように首をひねる。


「それに、さっき見せた「銃」が人間同士の権力闘争に持ち込まれる可能性もあるからな」


「それは、、、確かに駄目だな」


「あとは、神託の順番だな。「死ぬな」の後に「銃を作れ」だからな。「死ぬな」の方が優先順位は高いと俺は思っている」


「、、、なるほどな。一応は納得できた。オレは秘密にしても構わないな」


「ありがとう」


セスタに礼を言う。


「リナはどうだ?」


「私もそれで構わないわ」


「ササリアはどうだ?しばらくは伏せていてくれるって言ってはいたと思うが」


「私も今まで通り、ソウシロウさんが勇者であることは伏せておきます」


「二人ともありがとう」


総士郎は頭を下げた。




「少し疑問があるわ。質問してもいいかしら?」


頭を上げた総士郎にリナが訪ねた。


「なんだ?俺が答えられる質問なら答えるけど」


「どうして勇者であることを明かすのが私達3人なの?ササリアは最初から知っていたし、セスタは銃を作成するために必要な人材なのよね?そこに私が入る理由がわからないわ」


リナが総士郎にたずねる。


「そこは俺も凄く悩んだんだけどな。まずは信頼が置けそうな人間であること、だな。3人ともある程度以上には善人、信頼できる人間だからだな」


総士郎はササリア、リナ、セスタの3人の顔を確認するように見た。


「で、それとは別にリナが必要な理由は2つある。まず、銃には銃声っていう大きな音が付きものなことだ。今日は大丈夫だったみたいだがこのままだといずれ警備隊に捕まったり、問い詰められることになるからな。それなら最初からリナ、警備隊にはこちらに付いていてもらった方がいい。次に、銃を作るにしても使ってくれるところが必要だ。完成品の銃が作れるようになったらまずは警備隊に配備してもらって魔獣やワイバーンの討伐に使ってほしい」


「なるほどね。私は銃の有用性を警備隊内で広めて、その作成を後押しするようにすればいいのね」


「そうなるな」


「あれだけの武器が警備隊で使えるようになるなら喜んで協力するわ」


「ありがとう」


総士郎はリナに礼を言った。




「アタイからも1ついいか?」


次はセスタから質問があるようだ。


「ソウシロウは銃身を作る時に試作品って言ってたよな?今日のものでも十分に強力な武器だと思うんだがこれじゃダメなのか?」


「そうだな。この1つ目の試作品の銃は予想してたよりは良い出来なのは確かなんだがワイバーンを撃ち落とすにはたぶん力不足だ。ササリアが撃った距離の倍、200メートルで盾を1枚貫通するだけの威力が最低でも欲しい。200メートルの射程があれば空を飛んでいるワイバーンに届くからな。そのためには銃の口径、銃身の長さ、弾の形状、火の薬の量や配合なんかをいろいろ試す必要があると思ってる」


「ソウシロウはワイバーンを撃ち落としたいのか?」


「ああ、そうだ。ワイバーンを撃ち落とせるだけの性能は完成品の銃の必須条件だな」


セスタの質問に総士郎は答えた。




「ササリアからはなにかあるか?」


リナ、セスタから質問を受け付けたのでササリアからもなにかないかと聞いてみる。


「質問ですか?えーと、、、そうですね。前にソウシロウさんは、銃には「鍛冶の技術」、「回転の蓋」、「火の薬」が必要だと言っていたと思うのですが、鍛冶の技術はセスタさんのことですよね?火の薬はあの黒い粉の事だと思います。回転の蓋ってどれの事でしょう?」


ササリアは総士郎が以前に話した内容をしっかり覚えていたようだ。


「この1つ目の試作品では回転の蓋ネジの機構は省略してある。回転の蓋は銃を打ち終わった後に銃身の中の掃除を容易にするための仕組みだからな、今回は省略した。他にも、今日は銃を構える人と火を着ける人の二人で銃を撃っていたが、本来なら「引き金」という仕組みも取り付けて一人で銃を撃てるようになる。今日はすべて俺が行った、弾の装填も覚えれば一人で1丁の銃を運用できるのが完成品の銃になるな」


「それは大きいわね」


兵士の運用などに詳しいリナは呟いた。


「だな。後は、試作品は安全のために銃身がかなり分厚く作られている。完成品になればそこも改良されて銃の重さは3/4程になる予定だ」


総士郎は完成品の銃の姿について細かい部分を説明した。




「とりあえずは、こんなものかな」


他に質問などはないようなので総士郎は一息つく。


「3人が俺の言葉を信じてくれて、勇者であることを秘密にしてくれると言ってくれたのは嬉しい。銃を作ることはこの世界を救うことに繋がるはずだ。これからも協力してくれ。改めてよろしく頼む」


総士郎は改めて深く頭を下げたのだった。

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