第35話 砂型と銃身

4日後、海畑での漁が無い「昼の二日」の昼過ぎにセスタの工房を訪ねた。


「こんにちはー、セスタいるかー?」


「オッス!ソウシロウ!砂型は出来てるゼ」


工房でセスタが迎えてくれた。


「ロウダンは休みか?」


「だな。上で寝てるけど用事か?」


「いや、聞いてみただけだ。早速だが砂型を見せてくれるか」


総士郎が言うとセスタはテーブルの上の3つの砂型を指差した。


「これが空洞を作るための棒状の砂型、中子なかごだな。折れないように鉄の芯を入れてあるぞ。で、こっちが外側の下の部分、こっちが上の部分だ。上と下の砂型にも粘土を多めに入れて乾かして固めてある」


3つの砂型を一つずつ、丁寧に見ていく。


どれも細長い構造だが真っ直ぐに作れているように見えた。


中子の径は1センチ、長さは60センチ。外側の砂型は径が2センチ、長さが62センチになるように総士郎の描いた製図の通りの寸法に作られている。


ここに鉄を流し込めば内径1センチ、外径2センチ、長さ62センチの中空の鉄の棒が作れるはずだ。


「いい感じだな」


総士郎は満足して頷いた。


「そうか、よかった。あと、細かい細工をするんだろ」


「そうだな。中子の部分に薄く線を引くんだ」


総士郎は糸と彫刻刀のような刃物をリュックサックから取り出す。


糸で当たりを付けながら深さ1ミリにも満たない溝を中子の表面に彫っていった。


「こんなもんかな?」


計4本の螺旋状の薄い溝が中子に彫られた。これで鋳造が上手くいけば銃身にライフリングが刻まれるはずだ。


「そんな薄い山はきれいには作れないぞ。ある程度は作れるけど所々消えて掠れたような感じになると思うんだがいいのか?」


「ああ、これはそこまできれいに出なくてもいいんだ」


総士郎は棒状の砂型を確認しながら答えた。


「ここに穴を空けるために砂の塊を置いて」


セスタは銃身の点火口となる部分に小さな砂の塊を置く。


「良さそうだな。最後に、この鉄片チップを支えにして砂型を組み立ててくれ。向きは間違えないようにな」


総士郎は約5ミリの台形にカットされた鉄片をセスタに渡した。


「わかった。外側に細い方を配置するようにだよな」


「ああ」


総士郎に確認し、セスタは砂型を組み立てていく。


外側の下の部分と上の部分の接合面には粘土を薄く塗り隙間ができないようにする。


「出来たぞ。後は鉄を流し込むだけだな」


「流し込む鉄にはこれを使って欲しい」


総士郎は風の戦斧で細かくカットされたアイアン・スケルトンの鉄をセスタに渡した。


「これは、前に見た質のいい鉄じゃないのか?これはウチの炉では溶かせないぞ」


「大丈夫だ。それを坩堝に入れて俺の前に持って来てくれ」


「んー、わかった」


セスタは納得していないようだったが炉で予熱してあった坩堝に総士郎の渡した鉄を入れて持って来た。


総士郎は坩堝に向けて右手を向けて呪文を唱える。


「デーアトス。ミ、ラン、ルノ、ネフ、ルー、ジク」


「光の炎」の魔法だ。この魔法は熱線が手の平から一定時間、照射される魔法だ。


熱線を受け坩堝の中の鉄はすぐに赤熱する。


「魔法、だけど風の属性じゃないよな?」


セスタは確かめるように総士郎に問う。


「そうだな。光の属性の魔法だ。実は光の属性の魔法も使える」


「魔法って1つの属性が使えるだけでも凄いんじゃなかったか?」


「らしいな」


「2つの属性が使えるなんて、ほんの少ししかいないはずじゃないのか?」


「だな。でも俺は使えるんだ」


「マジか?」


「マジだな」


セスタは困ったような表情をする。


「強要することはできないがこのことは秘密にしておいて欲しい」


総士郎は真剣な表情で言う。


・・・


「わかった」


少し考えた後、セスタは頷いた。


「いいのか?」


「ソウシロウには世話になってるしな。とりあえずだけど人には言いふらさない」


「そうか。ありがとう」


そう言って深い息を吐いた。


やはり、緊張していたようだ。


話している間に光の炎の効果時間は切れていた。


魔法を受けた坩堝の中は液体になった赤黄色い鉄が輝いている。


「1回、坩堝の中をかき混ぜてもらえるか。この魔法では温度を均一にはできないんだ」


「わかった」


セスタは鉄の棒で坩堝の中をかき混ぜる。


鉄の棒でかき混ぜても鉄の棒がすぐに溶けたりはしない。溶解する温度まで温度が上がるのに少し時間がかかるからだ。


「んー、少し溶け残ってる感じだな」


「あと少しか。デーアトス。ミ、ラン、ルノ、ネフ、ルー、ジク」


もう一度、光の炎の魔法を使う。


そして、魔法の効果時間の途中で狙いを坩堝から外し、土の床に残りの魔法を照射した。


炎の魔法では細かい温度の調節が難しそうだったので鉄を溶かすのにはこの光の炎の魔法を選択したのだった。


「今度はどうだ?」


総士郎の問にセスタがもう一度、坩堝をかき混ぜる。


「良さそうだな。注ぐぞ」


セスタは鉄の棒を引き上げると大きなペンチのような工具で坩堝を掴む。


そのまま、砂形に空けられた湯口から鉄を注ぎこんだ。


湯口と砂型の中から空気を逃がすための穴、ガス抜き穴から少し溶けた鉄が溢れたところで注ぐのを止める。


鉄を注いだ砂型を少し傾け揺する。中に残っている気泡を外に追い出すためだ。


「どうだ?」


砂形を土の床に置いたセスタに聞く。


「こんないい鉄を扱うのは初めてだ。良さそうだが、、、わからないな」


そう言いながらセスタは一つ息を吐いた。


「しばらく待つか」


「そうだな。温度の高い鉄だしな。時間は少しかかると思う。それにしてもっちいなー」


不純物の少ない鉄を溶解させたのでその温度は1600度程だ。


セスタが普段ベーゴマに使っている鉄より400度も高い温度になる。それに今回作った銃身はベーゴマの百倍以上の量の鉄を使っている。


その結果、工房の中はかつてない熱気に包まれていた。


「あ」


総士郎はセスタから目を逸らした。


「ん?なにかあったのか?」


セスタは総士郎の視線の先を追ったが特に何もない。


「そうじゃなくてな。えーと、、、」


総士郎は言いよどむ。


「なんだ?さっきのことなら秘密にしとくって言ったからな。大丈夫だぞ」


「それでもなくてな、、、」


「なんだ?よくわからないぞ?」


セスタは総士郎に詰め寄った。


しかし、総士郎はセスタから目を逸らす。


「なにかあるのか?はっきり言ってくれ」


さらに詰め寄ってくるセスタに総士郎は観念した。


「あー、わかった。はっきり言うぞ。でも、俺は悪くないからな、、、意外とかわいい感じの下着、、、だな」


・・・


セスタの視線がゆっくりと自分の胸元に移動する。


大量の汗で白いシャツが少し透けて下着、ブラジャーがうっすらと見えていた。


フリルのような縁取りがされた少しかわいい感じのブラジャーだ。


「な、な、なななな、、、」


セスタの顔が真っ赤になっていく。


「ソウシロウのエッチ!」


セスタはそう叫ぶと胸元を隠しながら工房の奥の階段を駆け上がっていった。


・・・


「あー、ほっぺに紅葉は回避できたか」


こういう展開ならビンタの1発はお約束なので避けずに食らう覚悟だったのだがセスタは胸元を隠す方を優先させたようだ。


工房に設置されたテーブルの椅子に腰掛ける。


ブラジャーよりは赤くなったセスタの方が普段の気安い感じとのギャップで総士郎的にはツボだった気がする。


セスタは普段は男勝りな感じだが顔立ちも整っているし美少女の部類には入るしな。


「これ以上は失礼だな」


総士郎は呟いてそれ以上は考えるのを自制した。




「さっきのことは忘れろよ。ソウシロウの秘密も黙っとくから」


着替えて降りてきたセスタは言った。


「了解。忘れるように努力する」


「頼むぞ」


顔の赤いセスタの念押しに「魔法の適性の秘密」が「かわいらしいブラを忘れる」と等価でいいのだろうか?と思わなくもなかったが、頷いた。


セスタが2階に行っている間に少し時間がたっていた。


「そろそろ、いいだろ。砂型を割るぞ」


セスタは砂型の外枠を外し、鉄の棒で砂型を崩していく。


「なんだ?砂がとけてんのか?」


すると見えてきた銀色の鉄の塊の一部にガラス化した砂が張り付いていた。


「質のいい鉄が溶ける温度だと砂も溶けてガラスになるからな」


「ガラスって教会にある、あのガラスか?なんか、これは黒いぞ」


「砂の中でも質のいいものを集めて溶かすと透明なガラスになるんだ」


「へー、そうなのか」


少し叩くとガラス化した砂は鉄から離れた。強くくっついている訳ではないようだ。


「外側は問題なさそうだな」


外側の砂がほとんど落ちたところでセスタは言う。


「だな。歪んだりもしてなさそうだし気泡が残ったりもしてないな」


その様子を見ながら総士郎は頷いた。


「次は中子だな。細い穴に砂と粘土を詰めた感じになってるから少し苦戦しそうだな」


ペンチのような工具でまだ熱い銃身を掴みながら細い鉄の棒で中の砂を掻き出していく。


「を、なんか一気に剥がれたような手応え」


セスタはそう言って銃身の穴を下に向けた。


カランッ


銃身の中から細い鉄の棒、砂、固まった粘土、一部ガラス化した砂が一気に出てきた。


「んー、少し細かいのが残ってるが大体取れたな。それに穴の方にも歪みも気泡もなさそうだ」


片目を瞑って銃口を覗いているセスタは言った。


もし、歪んでいたら完全に冷めてしまう前にハンマーで叩いて歪みを直す必要がある、が今回は不要なようだった。


「後は湯口と空気の抜け道を外したいんだが、この鉄だと工具の方も痛みそうなのがなぁ」


「それはそのままでいいぞ。不要な部分は小さな風の戦斧で切り落とせるし、試作品だからな、外側は少々不格好でも構わない」


「そうか。ならこれで完成だな」


「ああ、ありがとうな。これで銃が作れる」


総士郎は工具で掴んだ銀色の銃身をいろいろな方向から確認しながらセスタに礼を言った。


鋳造製、非貫通式の銃身の試作品が手に入った。


これで試作品とはいえ威力は完成品に近い銃が作れるはずだ。

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