勝利の2Pクロス(15)
このゲームを落とせばソソミの負けである。いよいよ大詰めとなった局面に、ジャレ子やあすくのみならず、桜花までもが肝を潰す表情で成り行きを見守る。
第10ゲームはソソミのサーブから始まった。
ソソミはBボタンでのコントロールショットでのサーブを選択する。この打ち方ならダブルフォルトする心配もいらない。が、いかんせん力のないサーブになるため、リターンは容易い。
ババアは呆気なくボールに追いつき、フォアハンドでショットを繰り出す。対するソソミ、的確なフットワークで距離を詰めると、やや高い打点からの強烈なバックハンドでお返し……とはならなかった。本日もはや何度目かわからない一時停止を食らい、打つタイミングをずらされる。しかし、さすがにソソミも先刻承知で対応、Aボタンを無駄押しすることはもうなかった。ボールは『びょるぐ』の眼前、中空で静止したまま、しばらくの時が流れた。
ババアとソソミの根比べ。いつ停止が解除されるのか、その瞬間が来るのをAボタンに指をかけて待つソソミ。ババアは歪に口角を持ち上げながら、押すぞ押すぞとソソミの横顔を覗き見る。
直後、停止が解除された。一瞬、Aボタンを0秒台で打ち込むソソミ。が……! なんとババアも同じ0秒台でスタートボタンを連打する。
刹那の攻防。ほんのわずかな時間でソソミはボタンを押せたのか。はたまたババアの〈二段停止〉が上回ったのか。
クイズ番組の司会者のように〈答え〉を焦らし、ババアが運命の輪を再回させる!
スイングは、されることはなかった。ボールは無情にも棒立ちの『びょるぐ』の脇をすり抜け、コートを跳ねて行った。
「よし! あと3ポイントだ。あと3ポイントで小娘、てめえは終わりだよ!」
息巻く馬場上凶子。一方のソソミ、さすがに落胆を表して大きく項垂れている。無理もないだろう。まさに崖っぷち、敗戦を否応なく意識させられる絶体絶命のピンチにありながら、あの〈一時停止殺法〉を打開する手立てがないのだから。
あの憎たらしい卑怯な手段に対抗しなければ、ソソミの勝利はない。なにか策を講じなければ、ソソミは〈陰繰り門繰り〉を避けられないのだ!
「ああ、そうだ。バーロウと〈陰繰り門繰り〉するときはあたしも立ち会おうかね。動画を撮って思い出を形に残してやるのさ」
あな恐ろしやババアの反社的な台詞に、誰も言葉を紡げないでいる。もちろんソソミの敗戦を望む者はひとりもいなかったが、勝利への希望もなくなりかけている。
別斗は半ば縋る目で桜花を見た。桜花も別斗と視線を合わせ、コンタクトを送る。このまま行けば、さきほどの〈打ち合わせ〉を実行せざるを得ないだろう。別斗も桜花も、汗で脇がびっちょびちょだった。
と。
これまで一貫して沈黙を保ち、黙々とコントローラーを握っていたソソミが口を開いた。
「少し話をいいかしら」
不意打ちで放たれた言葉に、みなが目を丸くする。まるで鋭い指摘をするときのような毅然とした口調に、バーロウの子供部屋が厳粛に張り詰める。
「あなたはこうやっていつも弟さんにゲームをさせて、生計を立てているのね」
やや呆気にとられていたババア、気を取り直すと、ほうれい線を歪曲させてヤニ塗れの歯を覗かせる。
「見え透いた時間稼ぎしやがって。悪あがきはおよしよ。でもまあいいさ、冥土の土産に付き合ってやる」
自分の勝利を確信して疑わないババア、圧倒的余裕を誇示するためか、自身もコントローラーをいったん置く。
「『2Pカラー』に雇われているからね、そりゃあゲーム対戦で金をもらってるよ。わかってるくせに、今さらそんなこと聞いてどうだってんだい」
「それは弟さんが望んだことなのかしら?」
「ああ? なにが云いてえんだよ」
「弟さんはゲーム対戦なんて本当はしたくないのじゃないかしら。たとえばこの部屋」
と言葉を句切り、ソソミはぐるりと部屋全体を見渡した。
「とても無邪気で子供心に溢れているわ」
「ふん、バーロウの精神年齢はガキだからね。バーロウにはできることが限られてんだ。カタギの仕事なんてとてもできる脳みそじゃねえ。好きなゲームで稼げるように、あたしが面倒見てやってんだよ」
「それは、あなたがそう仕向けたからではなくって? 弟さんを裏のプロゲーマーに仕立て、お金を稼ぐように命じているだけではないかしら?」
「てめえ、それはどういう意味だよ?」
「つまり、あなたは弟さんの面倒を見る善き姉のフリをして、自分の都合の良いように利用しているだけではと云っているのよ」
「いい度胸してんじゃねえか小娘。ニャンテンドー令嬢かなんだか知らねえけどよお、こっちはてめえがシメシにウンコ漏らしてる頃から成人やってんだ。敬意払おうや」
「敬意は払うわ。尊敬できる年上にはね」
まさに一触即発。別斗らはソソミがこれほどまで強く他人を煽るなど、見たことがなかった。
止まることを知らないソソミのターンは続く。
「弟さんは本当にゲーム対戦がしたいのかしら。先ほどウチの荒巻別斗と戦ったときの弟さんの言動、あれが本心なのではないかしら?」
「バーロウは世間知らずなんだ。生きるということ、生活するということがまるでわかってねえガキなんだよ。ガキが家出するときみてえに、突拍子もなく生きてんだ。今のてめえと一緒だよ、ガキなんだ。あたしが手綱を握ってやらにゃあ、どこに突っ走っていくかわからねえ馬鹿なんだよ」
「それが弟さんを縛り付ける結果になっていないかと云っているの。少なくとも対戦中の弟さんは、物事をなにも知らない子供のようだとは思えなかったわ」
ババア反論の前に一喫し、間を設ける。盛大に煙を吐きだすと、まもなく大げさとも思える声で笑い出した。
「こいつぁいいや、てめえマジでそんなこと云ってんのか? 令嬢なんて聞こえはいいが、所詮は金持ちのアンポンタンだなあ。てめえにバーロウのなにがわかんだよ。一緒に暮らしたこともねえくせに」
「もちろん、わたくしには本当のことはわからない。これはあくまで第三者視点でしかないわ」
「なら黙ってろよ。バーロウのことはなあ、飯の世話もシモの世話もしてきたあたしが一番よく知ってんだ。家族なんだから当然だ。あたしはバーロウと血の繋がった姉なんだから」
「そうね」
ソソミは次の言葉の前に力を溜めた。
「そうやって〈バーロウの姉〉をやっていれば、精神の充足には事欠かないですものね」
「な、なんだとこのクソ娘! ふざけたことぬけすとただじゃあおかねえぞ!!」
突如取り乱すババア。それは今の今まで余裕をかましていたのが嘘に思えるくらいの、急転直下の豹変ぶりだった。
「何度でも云うわ。あなたは弟さんの人生に乗っかっているだけ。そうすれば人生に必要なアレやコレを気にしなくても済むものね」
「やかましい、このクソガキが~!」
とうとう発狂したババア、火の点いたタバコの先端を印鑑押すごとくソソミの頬5センチに近づける。
「わかったふうなこと云いやがって。てめえ、その顔でBCG検査してやろうか、ああ?」
凄むババアだが、ソソミまったく動じず。タバコを押しつけられそうになっている状況でも一歩も引かず、長い睫の下でギラつく瞳をまっすぐババアに返している。
やがて静かに、けれど力強く云った。
「弟さんはあなたの所有物じゃないわ。弟さんを解放してあげて。もっと人生を自由に生きさせてあげてほしいの」
「ナマ云うんじゃないよ。小娘の分際で人生のなにを知ってるってんだ。ここまであたしとバーロウは二人三脚でやってきたんだ。それがあたしらの幸せなんだよ。他人の、まして金持ちのてめえがあたしらの半生に口出しするんじゃあねえよ」
これまた力強い言葉だが、放たれる口調は表現とは裏腹に威勢を失っている。もしかすれば、ソソミの言葉のどれかにババアの核心を突くなにかが含まれていたのかもしれない。
別斗にはそれがなにかわからないし、なにより興味がない。ただソソミとババアの対話によって、ババアが精神的揺るぎを受けていることだけは明白だった。
――が。
ババア、タバコを灰皿に押しつけると、ヘッと短く息を吐いた。
「おっと、いけないねえ。危うくてめえのペースに乗せられるところだったわ」
軽く左右に頭を振り、状況を把握するため脳を挽回させる。
「今は『ファニーテニス』の対戦中、あたしがあと3ポイントで勝つところだったんだ。陽動作戦であたしのペースを乱そうとしたんだろうけどね、その手には乗らないよ」
「陽動作戦? なんのことかしら。わたくしはただあなたと真剣に対話したかっただけよ」
「うるせえ、もういいよ。それより早くゲームを再開しようや。このままサクッとてめえから勝利を奪って、お楽しみタイムと行きてえからよお」
もうその手は通じない。云わんばかりにせせら笑うと、置きっぱなしだったコントローラーを握る。
「おら、てめえもコントローラーを取りな。さっさと終わらせるよ」
しかし、ソソミはその言葉を無視するように両手を組み合わせると、頭上へ向けて腕をぐーんと伸ばした。
「ちょっと待ってくれるかしら。ひさびさにゲームをしたので肩が凝ってしまったの。ストレッチの時間をくださらない?」
「はあ? ふざけんなよ。とっととしねえと勝手に再開させちまうぞ」
またまた苛つくババア。それもそのはず、ゲームを再開するどころかまるで再開する気のないようなソソミの素振り、これにはババアでなくとも苛つくのは当然であろう。いったい、ソソミはなにを考えているのか。単なる時間稼ぎか、はたまた奇想天外な企みでもあるのか。
ソソミ、相変わらず入念なストレッチを敢行している。
「あ~もう、鬱陶しいねえ。あたしゃもう先に始めちまうよ!」
辛抱堪らんババア、強攻策に躍り出る。コントローラーを手繰り、ゲームを再開するためスタートボタンを強打!
ソソミの居ぬ間にゲームを進行しようと企むババア、それはまさに無人のゴールへシュートするがごとく!
しかし!!
である。
思いも寄らない事態が起こった。スタートボタンを押して一時停止を解除したにも関わらず、画面は相変わらず一時停止状態を表して止まったままだったのだ。
「え? え? どういうこと~? おばさん、停止を解除するボタンを押したのに、まだ停止したままだよ~?」
「どういうことだ……別斗?」
ぽかんと口を開けるジャレ子&あすく。別斗もなにが起こっているのか瞬時には見極められなかった。だが、あらゆる想定をひとつひとつ精査していき、よもやよもやと思っていたある一個の可能性が真実であることに気付いて、愉悦が喉まで込み上げてきた。
「おまえら、なんでババアがスタートボタンを押したのに一時停止が解除されねえかわからねえのか?」
云っているうちに堪えきれず、ブッと吹き出した別斗。あすくがまだ不思議そうに、
「なにがおかしいんだ別斗。教えてくれ」
「ババアの手元を見てみろ。スタートボタンを押したのに一時停止が解除されねえのは、ずばりスタートボタンを押してねえからだよ!」
なにィ!?
そこに居た誰もが、ババア本人すらも手元に注目した。
ババア握るコントローラー、そこにはなんと、スタートボタンがなかったのだ。
「ゲ、ゲエェェー! これは2コン!」
そう、ババアのコントローラーはいつのまにか1コンから2コンへと変化していたのだった。いや、変化ではない。これはつまり……、
「て、てめえ小娘、コントローラーをすり替えやがったなあ!」
なんと大胆不敵なソソミ嬢、ババアの云う通り何食わぬ顔でしれ~っと、互いのコントローラーをチェンジしていたのである。
ここでババア一連の出来事を思い返し、なにかに気付いてあっと声をあげた。
「ま、まさかてめえ……最初からそれを狙って?」
ソソミ、整った横顔でババアに意味深な笑みをくれてやる。
「バーロウを慮る人生論から、あたしを苛つかせるための煽り文句。あれらは最初からすべてコントローラーをすり替えるための下準備だったと? 悪あがきや単なる陽動作戦なんかじゃあなく、あたしが話にヤキモキしてタバコに火を点けることまで見越しての計画だったというのかい!?」
ババアがわなわなと震えるのも無理はない。あな恐ろしやソソミ嬢、声を荒げず心静かに、ただひたすらこのワンチャンスのために一芝居打つとは、肝の座りがハンパじゃないのである。
「さあ、ではいよいよゲームを再開しましょうか。わたくしの勝利は目前ですから、すぐに終わりにして差し上げますわ」
「ま、待て待て! 今まであたしが1コンを使ってたんだぞ。その1コンでてめえが勝っても、それはあたしの勝ちだろう!?」
な、そうだろ!? 懇願する目でババア桜花を見上げるも、桜花は深いため息を吐きつつ首を左右に振るばかりだった。
「いつからご自分が1コンだと錯覚していたのかしら?」
「なん……だと?」
「だって、この勝負は最初にオナーを決めなかったのではなくって? 一時停止戦法を使用したいからだと思うけれど、あなたが勝手に1コンで始めただけの話で、それはわたくしが2コンを承認したわけではないのよ」
「な、なんだよそりゃあ! そんな汚え理屈があんのかよお!」
暗転落下、心慌錯乱のババアにソソミ、別斗たちですらドン引きするような
「このゲームを支配しているのは、わたくしよ」
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