勝利の2Pクロス(14)
まずはキャラクター選択。これにはたいした時間はかからなかった。凶子ことババアは『まけろう』を。ソソミは『びょるぐ』を選ぶ。
たまらず笑いが漏れたあすくに、ジャレ子が肘を指で突っついた。
「なに笑ってるの~、あっくん?」
「いやなに、見事なキャラ選択だなあと思って」
「どういうこと~?」
「『まけろう』は往年のスター選手、ジョン・マッケンローがモデルのキャラなんだ。そして『びょるぐ』は彼のライバルと称されるビョルン・ボルグがモデル。このふたりは性格が対照的でね、マッケンローは悪童として名高いくらい激情型の選手。ボルグは逆に通称〈氷の男〉と呼ばれるくらい質実剛健な選手。まさに先輩とババアにぴったりな選択だと思ってね」
なるほどそれは面白い一致であるが、今のジャレ子にあすくの蘊蓄はどうでもよく。
「それはいいけど~、性能的には違いはあるの~?」
「もちろん『ファニーテニス』にもキャラごとの能力差はあるよ。けどそれは微々たるものだ。圧倒的に差異があるわけじゃない」
「じゃあソソミ先輩の選んだキャラが弱いってことはないんだね~」
ということは単純に実力勝負という話になるわけだが、はたしてソソミの腕前はいかほどか。
別斗はソソミのゲームセンスを見定めかねていた。ニャンテンドーのご令嬢はまさかテレビゲームで遊んだ経験がないとは思えないが、レトロゲームとなればどうだろう。もしプレイ経験があるとすれば、いつぞやの『ミニファニコン』くらいではなかろうか。いずれにせよ熱中するようなマニアでない以上、ソソミはやはりビギナーレベルだと推測せざるを得ない。
実際に見るまでは判断のしようがないな。
別斗は自分が対戦するとき以上に緊張した面持ちで、ブラウン管に注目した。
いよいよ画面では試合が開始されようとしている。
まずはババアのサービス。頭上にボールをトスし、インパクト。打球は鋭い弾道でセンターラインすれすれへ飛んでいく。
一瞬やられたと思った別斗の眼前、思いもかけないことが起こった。ソソミ駆る『びょるぐ』、予期したような動作でセンターに寄ると、本物顔負けのバックハンドで見事なリターンをかましたのだ。これにババアは予測がついていかず、一歩も動けない。
「先輩、ナイスー!」
初手リターンエースに沸き立つジャレ子&あすく。別斗も意外な開幕に目を丸くしている。
「ふん、たかが1ポイント取っただけじゃねえか。しかもまぐれでよお」
相も変わらず嘲笑気味のババア、まだソソミの実力を舐めているのだろう。だがこの見立ては大きく間違っていた。そのことに気がつくのに、それほどの時間は要しなかった。
続いてのサーブ。またしてもソソミはリターンエースを叩き込んで、みなの度肝を抜いたのだ。その後もテンポ良くポイントを重ね、なんとラブゲームで1ゲーム目をブレイクする。
ババアがぐぬぬしたときには時すでに遅し。リターンのみならずラリーをも的確なストロークで制し、気がつけばゲーム差4-0と開幕ダッシュに成功したのだった。
「やっば~、ソソミ先輩ちょ~ゲームうまいじゃ~ん!」
「もしかしてこれ普通に勝てるんじゃないですか!」
ふたりの興奮さもありなん。まさかソソミがファニコンでこれほどの腕前を披露するとは夢にも思わなかった。やはりニャンテンドーのご令嬢、ゲームに対する情熱は、そうは見えなくともDNAにしっかりと刻み込まれているということなのか。別斗は普段のソソミから感じる雰囲気とはひと味違った、妙な高揚感にハイになっていた。
いやはや、まったくソソミ嬢には驚かされてばかりである。いったい、彼女に不可能なものはあるのだろうか。別斗はただただ舌を巻きつつ、ソソミの痩身でしなやかな背中を眺めた。
一方ババア、
「やれやれ、ただの小娘だとばかり思ってたけど、どうやら少しはやるようだね」
ここまでほぼパーフェクトにやり込められている状況であるにも関わらず、まだ毒々しい笑みを浮かべている。
それを横目にあすく、
「なんだよ、負け惜しみか?」
「うるせえよ、短小童貞眼鏡が。こんなものあたしにとっちゃハンデみてえなもんさ。ここから泣きを見るのは小娘の方さ」
どどど、童貞だけど短小じゃねえわっ!! あすくの慌てっぷりなど眼中になく、ババアがプレイを再開する。
別斗、その余裕っぷりが気にかかった。4ゲームを連取され、さて本領発揮とばかりに背筋を正すのは当然だろうが、真剣になるどころかババアの表情はいまだ締まりのない顔をしている。いったい、これはなぜだろうか。もちろんゲーム対戦において焦りはなにより禁物だが、それにしても平然としすぎている。これはなにか奥の手を忍ばせているに違いない。
と、別斗はハッと閃きが胸に落ちた。もしやババアも『2Pカラー』お得意の〈裏技〉を保持するというのか。組織に属する人間だが裏のプロゲーマーではないと発言したババア。といって、それが〈ゲーム初心者〉を意味するとは限らないだろう。そこまで考え、別斗は嫌な脇汗をかいていることに気づいた。
この予感は的中する。ただしそれは〈裏技〉などというゲーマーが編み出した努力の結晶などではけっしてない、姑息な手段によるものである。
それは5ゲーム目、意気揚々とババアがサーブを打ち込んだあとのこと。リターンのため『びょるぐ』を動かし、タイミングよくAボタンでラケットを振り抜こうとしたそのとき、
「あら?」
なんと画面が停止したのだ。
理由はなんてことはない、1コンにあるスタートボタンがババアの手によって押されたからだ。おかげでソソミはAボタンを無駄押ししてしまい、その直後に停止が解除されたせいでストロークできず。つまり、打ち返すタイミングをずらされたのだ。
「おや? すまないねえ。思わず押しちまったみたいだ。気をつけるよ」
明らかに故意でやられた停止に一瞬怪訝な表情を見せるも、すぐに取り成すソソミ。こういうとき動揺を見せないのは彼女の強みでもある。ゲーム対戦では心理戦・陽動作戦も常套手段であるため、そういった意味ではソソミの態度は見事だ、と別斗は感心した。
いやそれはともかく、今はもっと着目するべきことがある。
「一時停止だって? 別斗、これってどういうことだよ?」
まるで訴えかけるような視線のあすく。別斗も目の前で起きた異常な光景に汗を拭う。
異常。そう、これは明らかな異常である。本来であれば起こるはずのない事態が、なぜか起こってしまったのだから。
――あのクソババア……!
別斗、胸中で怒りを爆発させた。それはゲーマーにとってもっともタブー、やってはいけない由々しき不正行為である。
本来『ファニーテニス』、ラリー中の停止はできない。スタートボタンで停止できるのはサーブを打つ前だけである。それが可能ということは、ゲームソフト自体いじってあるということ。すなわち改造されているということだ。
テレビ画面では、またしても奇怪な光景が繰り返された。ソソミからの打球を返そうとボールを捉えた瞬間、これまたゲームを停止させ、ソソミのペースを攪乱させる。そのせいでソソミ、打球方向の予測が一歩遅れ、『びょるぐ』持ち前のストロークに精彩を欠いてしまった。
この状況、もはや黙って見ていられるはずはない。別斗は今なお無言を貫き、コントローラーを握るソソミの背を横目に叫んでいた。
「おい、あんたやり方が汚えぞ。それでもゲーマーか? その『ファニーテニス』は改造してあるだろ!」
「なにふざけたことぬかしてるんだい。最初に云っただろ? あたしゃゲーマーじゃねえってよお。ゲーマーとしての礼儀だとか暗黙の了解だとか知ったこっちゃねえのさ」
「でも改造したソフトを使って対戦するなんて、完全に違反じゃないか。そんな問題じゃない」
「うるせえよクソ眼鏡。なら最初っから対戦なんか受けるんじゃねえよ。相手のホームでゲームするってことはこういう事態もあるんだよ。それを想定しねえで対戦を受けた方にも責任はあるんじゃねえの? いわゆるリスク管理ってやつだ。ようするにこの小娘の落ち度なわけだな」
へっへっへとせせら笑うババアのなんと醜悪なこと。開き直りという言葉では到底収まらないババアの外道ぶり、普段はヤンチャ盛りのクラスメイトたちと過ごす別斗たちではあるが、これは明らかに比が違いすぎる。黙って看過できる問題ではない。
しかし、通常この状況にもっとも憤りを覚えていなければならないはずの人物、ソソミがなにも提言しない以上、オーディエンスとしては云うべきことがないのも事実である。
「ソソミ先輩、どうしちゃったんだろ~。こんな卑怯な対戦させられてるのに文句も云わないなんて、優等生すぎるよ~」
ジャレ子がヤキモキするのも無理はない。負けたら〈陰繰り門繰り〉が待っているのだ。回避したいと必死になるのが当然であろうに、ソソミはまったく抗う様子がない。まさかソソミともあろう者が、この条件マッチが冗談でしたで済まないと理解できぬはずはないのだが。
「おれたちにできるのはソソミ先輩を信じることだけだ。なにかおれたちが思いつかないような深い考えがあるんだよ」
別斗としては、それだけ云うのが精一杯だった。
さておき。
形勢は徐々にソソミが苦しむ展開となっていった。4ゲームを先行したソソミ、そこからババアの卑怯な一時停止戦法によって次第にペースを握られ、じわじわとポイントを詰められていく。気がつけばゲームカウント4-4と並ばれ、そして……。
とうとう4-5と逆転されてしまったのだった。
意気消沈する別斗たち。ジャレ子が唾を飲み込む音が聞こえる。あすくも眼鏡を指でクイッとする動作も忘れ、一点を見つめて唇を噛んでいる。
あと1ゲーム。あと1ゲームをババアに奪取されれば、ゲームカウント4-6でソソミの負けが決まるのだ。
この絶体絶命の敗戦危機に、別斗は握りこぶしを作る。
というのも、いま別斗はファニコン本体にボディアタックかましたい衝動と戦っていた。ボディアタックで本体を粉砕し、ゲーム続行不能にしてやろうかと画策する。だが、これがゲーマーとしての本能なのか、ヒトという生き物のSaGaなのか、その行為もまた卑怯であるという認識が働いて逡巡してしまう。ゲーム対戦において結果はなにより優先しなければならない。然るべきプレイによって導かれた結果は、断じて尊重しなければならないだろう。たとえそれがソソミを不幸にするものだったとしても……?
いや、もっと単純に、ファニコン(ゲーム機)を破壊するという蛮行を忌避したい思いもある。この後に及んで自己保身的で情けないが、ゲームを愛する別斗にとってゲーム機の破壊は許しがたい裏切り行為に他ならないのだ。そんな自分に、なりたくないのである。
――おいおい、しっかりしろよ別斗。ソソミ先輩とゲームとどっちが大事なんだよ。
そんな自問自答、馬鹿馬鹿しいとわかってはいる。断然ソソミの方が大事に決まっている。だが、この得体の知れぬ尻込みはなんなのか。別斗は自分の裡にこびりつく澱のような感情に苛立っていた。
そこへ、スッと別斗の背後へ音もなく忍び寄る人物。誰あろう、桜花である。
桜花は別斗だけに聞こえる囁き声で、そっと耳打ちする。
「荒巻別斗、テレビの左脇にコンセントが見えるわね?」
桜花の云うとおり、そこにはテレビの電源プラグとファニコンのACアダプターが刺してある。
「桜花さん、まさか?」
「この対戦、もし天堂ソソミが負けるようなら、その寸前で私がコンセントを引っこ抜くわ」
「なぜっすか?」
「なぜかですって? 決まってるじゃない、未成年への性加害を容認できるほど悪人じゃあないのよ私は。だから安心して、どうせあなたはゲームを途中で切断するような真似、できないでしょう?」
「……………」
「だから、そういう妨害工作はゲーマーとしての矜持を持たない私に任せなさい。そのかわり、悪いけど私が天堂ソソミを助けたことは組織に秘密にしといてね」
意味深にウインクで締め、桜花は元の位置へ恐ろしく速い忍び歩きで戻っていった。
これでひとまずソソミの貞操は守られるだろう。その役が自分でないことにわだかまりがつかえたが、ソソミが救われるなら些末なことだ。別斗はそう決断し、しばし目を離していたブラウン管に集中した。
肝心の対戦は、勝負の10ゲーム目が行われようとしている。
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