勝利の2Pクロス(13)
それはまさに奇想天外、驚天動地の展開だろう。よもや再度ゲーム対決を願い乞うババアの泣きの一回は、ソソミとの対戦だったとは。
「なんでソソミ先輩がおまえとゲーム対戦しなきゃならないんだ。馬鹿も休み休み云え!」
あすくの高説ももっともだろう。ニャンテンドーと『2Pカラー』との確執はあるにせよ、ソソミ個人はゲーマーでもなく、対戦しなければならない由縁もない。これは当てつけ以外のなにものでもないだろう。
「先輩、受ける必要ないですよ! こんなババアに乗せられて対戦して万が一負けるようなことになったら、なにに利用されるかわかったもんじゃない」
当然である。どんな利があってソソミにゲーム対戦せねばならない理由があるのか。
しかし、ババアは押し黙るソソミを度が過ぎるほど煽り立てる。まるで食いついたら放さないすっぽんのごときしつこさで。
「てめえだけは絶対許さねえ。さっきは小生意気に説教くせえことかましてくれやがって。そんだけ調子こいた口を利くならよお、あたしの申し出を受けてみろや、ああ? どうせ夜中にひとりでションベンもできねえ生娘だろうによお」
その瞳は相手を哀れむような、はたまた強く憎むような、複雑な色に煌めいている。面と向かって誹りを受けるニャンテンドーの美しきご令嬢は、そんな只中にあってもカッとなって我を失うことのない凜とした気性を纏わせて。みなが庇うのをスッと手で制し、部屋の中央へまさしく躍り出たのだった。
「そこまで云われてはさすがにわたくしも良い気はしないわ。いいでしょう。その勝負、受けて差し上げるわ」
まさかの展開にギョッとたじろいだ一行。口々に引き止めるための論を講じても、VSモードに入ってしまったソソミに躊躇する気配はなかった。
「よし、よく云った! ここでてめえを粉砕して、一生消えねえトラウマ植えつけてやんよ」
舌舐めずりで手招きするババア、絶対になにか良からぬことを企てているに違いない。とはいえ、もう撤回することは不可能。先ほどまで別斗が座っていた座椅子へスタンバイしてしまった以上、勝負を降りることはできない。別斗たち3人も見守る以外に選択肢はなかった。
「さあ、準備はできたわ。対戦に使用するソフトはなにかしら?」
「ふん、まあ待ってろ。今テレビ画面に映してやらあ」
そういってババアが手にしたのは、なんのシールも貼られていない真っ黒いカセットだった。
「おい、それなんのソフトだよ」
別斗の指摘にも「うるさいねえ」と舌打ちし、平然とした態度。しばらくして、画面に然るべきゲームタイトルが表示された。
「『ファニーテニス』か」
別斗独りごちるそのゲームは、先の『ファニースタジアム』と同様の制作会社から発売された、テニスを舞台にしたゲームである。これまた『ファニスタ』と同じく実在のプロテニス選手をモデルにしたであろうキャラクターが多数登場し、人気を博したソフトのひとつだ。
「先輩、やったことあるっすか?」
別斗の心配に、柔らかい眼差しを返すソソミ。〈心配はいらない〉と云っているに違いないが、おそらくプレイは未経験なのではないか。緊張や恐れを感じさせない笑顔に、返って不安を募らせる別斗だったが。はたして……。
「ああ、そうそう。始める前にルール説明を忘れてたよ」
芝居じみたようにババアが云う。その胡散臭い様子に、別斗は嫌な予感を催した。
「あたしゃダラダラするのが嫌いでね、試合は1セットマッチだ。この対戦は『2Pカラー』VS荒巻別斗とは無関係の番外だからね、負けたらウチの軍門に降れとか要求はしないよ。ただ――」
気持ちの悪い間に、桜花が意味深な視線を注ぐ。別斗たちも息を殺して、ババアに注目する。
「あたしが勝ったら天堂ソソミ、てめえはバーロウと〈
まさに霹靂閃電のひと言、その場にいた誰もが自分の耳を疑ったに違いない。高潔で玲瓏たるソソミの〈陰繰り門繰り〉を賭けるとは、なんたる暴虐! なんたる非道!
当然、高校生3人は大恐慌に陥った。
「な、なに云ってんだこのババアは!」
「いい加減にしろ! そんな条件、飲めるわけないだろう。はよ風俗行け風俗!」
「ちょっとおばさん、マジ警察呼ぶかんね~?」
口々に罵声を飛ばし、一斉ブーイングをかます。ただひとり冷静に成り行きを見ていたのは、当のソソミである。ソソミはドバイでもギリギリアウトであろう条件マッチであるにも関わらず焦燥や狼狽を越え、まるで悟りの境地を見出した高僧のような顔で落ち着き払っている。
やがて静かに、
「結構よ」
「先輩、なんでですか~? そんなことに本気で付き合うことないですよ~? もし負けたら、こんな臭くて汚いおじさんと〈陰繰り門繰り〉しなくちゃならないんですよ~? しかもロハで!」
「そのかわり、わたくしが勝ったらあなたがたは組織を脱退、裏のプロゲーマーを廃業してもらうわ」
「そんな条件、屁でもねえ。今日の件はミスターQの耳に入るんだ。どうせあたしらは終わりだよ」
いけしゃあしゃあとしたババアの返答に憎々しさを覚えるが、ジャレ子にどうこうできる隙はない。ソソミが条件を飲んでしまった以上、やるしかないのだ。
「話は済んだかしら」
やれやれといった具合いに桜花が前髪を掻き上げる。
「正直やる気が出ないけど、一応見届け人として仕切らせてもらうわ。最初に云っておくけれど、私はこの対戦の結果にいっさいの責任を持たないわ。組織とも無関係……それでもいいわね?」
「もちろん、どんな結果であろうと、わたくしは構わないわ」
「おやおや、その自信はどっからくるんだか。お嬢様ってのは身の程知らずで滑稽だねえ」
舌戦もそこそこに、いよいよ対決の火蓋は切って落とされる。
「では始めるわよ」
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