勝利の2Pクロス(12)
「おでの……おでの持てる力をすべて発揮して、勝負だど荒巻別斗!」
掠れ声で高らかに宣言したバーロウに、もはや余力があるとは思えなかった。それでもババアこと姉・凶子は額に汗を浮かべながら不気味に笑っている。もはや余裕はないだろうが、苦心しながらも勝てる可能性に希望を見出しているのだ。おそらく先ほど口走った〈掟破りのアレ〉とやらに、よほどの期待があるのだろう。いやはや、アレとはいったい……。
試合は6回裏ノーアウト。『ぽんせ』の一振りで4-3と逆転した状態からのリスタート。打席には5番『たしろ』から。この選手も一発がある。警戒するなら〈
初球。投球モーションの終わり際にプツンと途切れる映像。今日幾度となく繰り返された光景に、別斗はやれやれとため息をついた。
「おれにその技はもう通用しないぜ」
暗い画面を見つめて、彼にしかわからない感性でボタン操作を行う。
次の瞬間、奇妙なことが起こった。本来であれば、というよりこれまでであればテレビの電源が復旧し映像が戻るはずだったが、予想よりもはるかに長い間隔で暗転したままだったのだ。
「これは……?」
不思議に思っている別斗の横で、鼻息荒い馬のような笑い声を上げるバーロウ。
別斗、ハッとなって大きく仰け反り、
「まさかバーロウさん、消したままでゲームを?」
「ぐふふ……、そうだど。これがおでの最終兵器なんだど。このまま画面を点けず、勘でプレイするしかない状況にさせるんだど」
血走った目で別斗を凝視するバーロウ。確かに、ずっとこうしてテレビを消したままにすればゲーム進行は確認できない。いくら別斗といえど完全に戦況がなにもわからない状態にされては、然るべきボタン操作は不可能だ。だが、それはバーロウも同じことである。
「ぐふふふ……、そ、そうだど。おでもなにがどうなってるのかわからないど。こ、これは運勝負なんだど。再びテレビを点けるときまで、試合がどうなってるのか誰にもわからないど。た、楽しみなんだなあ、おでが勝ってるのか荒巻別斗が勝ってるのか……」
それは世にも恐ろしい、いわゆる一か八かの道連れ作戦である。バーロウは賭けに出たのだ。単純に〈
「別斗」
思わず声に漏れたあすくの心配に、別斗は手で制する。ここからは男と男の勝負なのだ。今まさにバーロウはゲーマーとして勝負に挑んだ。ならば全力で応えてやるのが真のゲーマーというものだろう。そう決意し、別斗もコントローラーを繰った。
今は自分の攻撃中だ。ノーアウトで再開したので、時間的にまだ6回裏は終わっていないはず。5番『たしろ』の打席は終わっているかもしれないが、6番『ろうまん』、7番『たかはし』はまだアウトになっていないと思われる。8番『わかな』のところで代打『やました』か『むらおか』に代えたいところだが、それは無理だろう。現在がどういう状況なのか知ることができない以上、選手交代のタイミングかどうかもわからない。なにより別斗繰る2コンにはスタートボタンがない。そう考えると、6回表でピッチャーを交代していたのは正解だったか。いや、それも画面が消えている今では無関係か。ピッチャーが疲れていようがフレッシュだろうが、見えなきゃ意味がない。
――よしよし、意外と冷静だな。
別斗、パニックに陥りそうな現状でもきちんと分析できている自分を鼓舞する。あとはバーロウの云う通り、すべては運次第だろう。はたして次にテレビが点灯したとき、どうなっているのか。
かれこれ10分は経過したろうか。静寂が支配する子供部屋に、じりじりと焦燥が積もっていく。
それが心底楽しいとばかり、歪んだ笑顔のババア、
「バーロウ、いったんテレビを点けておやり」
さて結果はいかなるものぞ。一度は弛緩した空気も、たちどころに緊迫したものへ戻る。
その場の全員が息を凝らしてブラウン管を見つめる。まもなくしてパッと点灯した画面に映されていた光景に、一喜一憂が交差する。
歓喜の声を轟かせたのは、まさかの馬場上陣営だった。
「よっしゃあ! 見たかガキども、これがバーロウの引きの強さだよお!」
飛び跳ねて奇声を上げるババアが指す先、画面では別斗陣営を震撼させる展開が映し出されていた。
8回表、4-4。同点である。しかもワンアウトでランナー二塁と、逆転のチャンスまで掴んでいた。
「や、やったど……。どうだ荒巻別斗、このまま逆転して、お、おまえに勝ってやるど……」
息も絶え絶えながらババアの期待に応えるバーロウに、初めて恐怖を感じた別斗。勘でプレイしているだけとはいえ、あまりの強運には感服せざるを得ない。もはや対戦ゲームの領域ではなくなってしまっているが、結果だけを見れば見事なものである。
「まいったぜ。確かに運を引き寄せるのもゲームには不可欠だわな」
「別斗~、感心している場合じゃないじゃ~ん。このままだと負けちゃうよ~」
ジャレ子の心配をよそに、あっけらかんとしている別斗。
「わりいわりい。いやあ、やっぱおれはゲームが好きだからなあ。ヤバい状況ほど面白くなって燃えちまうんだわ」
はたして、彼は恐怖を感じるとともに楽しさも感じていたのだ。ゲームにおけるスリルや楽しさ。その醍醐味が詰まった現在の状況は、彼のゲーム魂を刺激するのに充分すぎた。
この別斗の様子をジト目で見つめる者がひとり。ミスターQの秘書・桜花である。彼女はこの類い希なゲーム狂に、ある種の畏敬の念を抱いていた。ミスターQが執心するのもわかる気がする。彼にはなにか通常のゲーマーを超越した才能が備わっているような、そんな気がするのだった。才能。……いや違う、もっと根本的な、その人間が持つ魅力のような、特別ななにか。
それはさておき。
終盤にきて盛り返した馬場上陣営。ここは一気に流れを引き込み、押し切ってしまいたいところだろう。
「いいかいバーロウ、もうひと押しだ。もうひと押しであの荒巻別斗を倒せるんだ。さあ、気合い入れていこうじゃないか!」
試合再開。消えるテレビ画面。
天下分け目の決戦である。泣いても笑っても、おそらくこれが最後の〈
恐ろしく長く、気が滅入る時間だった。西日も落ち着き、橙色に輝いていた部屋にもやや翳りが染むまさに黄昏時。まるで秘密の暗号で通信する交換手のように、第三者意外には到底理解できぬ、いや当人たちですらわかっていないであろう不規則なボタン操作を、ただ黙々と繰り返す別斗とバーロウ。運以外に勝負を決する要因があるとするなら、この『ファニスタ』というゲームを何千何万とやり込んだ、ゲーマーとしての矜持以外にない。
そう、これはゲーマー同士プライドの角逐でもあった。別斗とバーロウ、はたしてゲームの神に愛されているのはどちらなのか。
「やばい……私、脳がどうにかなりそう~」
この中で一番辛抱がないと思われるジャレ子が素っ頓狂な音を上げた。それを皮切りに、緊張でピーンと棒になった細い糸がたわむ。
「さあ、決着を見届けるわ。もうそろそろテレビを点けてくれないかしら?」
そう促した桜花に、凶子も肯く。
「バーロウやい、テレビを点けな。あの流れから考えて、おまえが逆転勝ちをおさめているはずだよ。このガキどもに引導を渡してやるんだ」
誰もが生唾を飲む威勢でテレビに視線を注いだ。ブラウン管に光が宿り、映像が戻ってくるのを今か今かと心待ちにする。
だが、なにか様子がおかしい。テレビの電源スイッチを握っているバーロウが、先ほどからウンともスンとも反応しないのだ。
「なにボケッとしてるんだい、バーロウ!」
ババアがそう叱咤したときだった。
「エンっ!!!」
異様な声を上げ、豪快に大量の鼻血を噴射しながらバッタリと倒れたのだ。
「バ、バーロウ! どうしたんだい、しっかりするんだ!!」
ババア懸命に呼びかけるも、返事はない。それどころか、身体をゆすってもピクリとも動かないのだ。
「や、やだあ~、死んじゃったの~?」
不謹慎なジャレ子のツッコミにもリアクションできず取り乱すババア。
バーロウ幸い、意識は失っていなかった。〈
おかげで勝負はうやむやになってしまった。いや、プレイ続行できない状況に陥ったなら、それは別斗の判定勝ちである。
弾かれたように立ち上がったババア、
「そうだ! ゲームは? ゲームの結果はどうなってるんだい!?」
「ゲームの結果だって? それはもう関係ないだろ、こうしてバーロウさんがプレイできない今となっちゃ」
あすくの反論に、まるで水を得た魚のように飛び跳ねるババア。顔面を歪ませ、半狂乱になって叫ぶ。
「馬鹿か、てめえら! プレイ続行できなくてもいいんだよ。もうすでにゲームセットしてる可能性があるじゃねえか! まだバーロウにも勝つ目は残ってるぜ!」
冷水を浴びせられたかのごとく、誰もがあっと気付かされた。確かにすでにゲームセットを果たし、結果が出ている状態ならばバーロウの勝ちもある。
「テ、テレビを……!」
桜花がもんどりうってリモコンを取り、赤い電源ボタンをブラウン管に向けて押した。
運命の瞬間。
パッと映し出された光景に、真っ先に声を上げたのはあすくだった。
「9回表! まだ試合は終わっていない。ってことは別斗の勝ちだ!」
ゲームは彼の指摘通り、9回途中で止まっていた。スコアは4-4の同点。しかし、バーロウは最後の猛攻を仕掛けていた最中らしく、ノーアウト満塁のチャンスを作っていたのである。
「あぶねえ。もう少しやってたら逆転されてたかもな」
肝を冷やしたのは別斗。対するババアは納得がいかないのか、画面を指差して絶叫する。
「なんてこった! ここまで、ここまで荒巻別斗を追い詰めておいてぶっ倒れちまうなんて……。これなら勝ちも同然じゃあないか。な、そうだろ桜花。この試合、バーロウの勝ちだろお?」
「も、申し訳ないけど、立会人代理としてルールをねじ曲げるような真似はできないわ。残念だけど、これではバーロウの勝ちとは云えない。試合が成立する前の棄権退場ってところだわ……」
とんでもないことを云い出したババアに、さすがの桜花も困惑気味に返す。
「プレイ続行不可能になった場合は負けって説明にもあったでしょ~。いい加減あきらめたら~? おばさん」
なぜかジャレ子が煽る。そうとうフラストレーションが溜まっていたらしい。云ってやったと云わんばかりに顔を不細工にする。
「しかし別斗。よくバーロウさんの裏技を攻略できたな」
勝ちが成立したことで別斗陣営、ホッとした様子で別斗を囲む。途中黙っていろと釘を刺されたこともあって、しゃべりたい欲がどっと溢れ出したようだった。
これに対し、特別な理由はないんだけどなと前置きした別斗、
「音だよ」
と事もなげに口にする。
「音だって? それって、もしかしてコントローラーの操作音か?」
「ああ、おれはボタン操作の音を聞いただけで、どこのボタンをどれだけ長く強く押したのかわかるのさ。バーロウさんは〈指圧〉が強かったから、わかりやすかったぜ」
「それでぼくたちに静かにしてろって云ったんだな」
「まあな。昔親父と目隠ししながらゲームで遊んだことがあったんだけど、あれもこういうときのための修行だったのかもな」
さすが別斗の親父さんだ、呆れてモノも云えないよ。と云いつつ目をキラキラさせて如実に尊敬を示すあすく。
「でも、さすがにテレビを消しっぱなしにされるとは思わなかったぜ。バーロウさんの捨て身の覚悟、もしかしたら本当におれは負けてたかもしれん」
「ああ、恐ろしい相手だったな」
さて対戦は終わった。相手の失神によるレフェリーストップという結果はよもやの出来事だったが、勝ちは勝ちである。対戦前の取り決めを果たしてもらい、あとは帰宅するのみ。こんな場所、長居は無用だ。
「さあゲームは終った。金を返してもらう」
代表する形であすくがババアに迫る。床にへたり込んだまま下を向くババアこと馬場上凶子は、聞こえているのかいないのか無反応だった。
「ご自慢の弟さんが負けてショックなのは理解できる。けど約束は約束だ。六眼鉄ガチャで出費した分は返してもらおうか」
再度、一歩迫るあすくに対し、
「……ってねえ」
ババアなにかを呟いた。
「あ、なんだって?」
「まだ勝負は終わってねえ! いや終わってたまるか。あたしが……次はあたしがやってやる!」
ババア突然の宣言に一行、寝耳に水でひっくり返る。
「なにを云うんだ、勝負はもうついただろ?」
「わかってる、今回はあたしらの負けだ。けど、あたしの気持ちはおさまらねえ。組織の対戦とは別に、もう一戦だけやってほしい」
まさかの泣きの一回に、異を唱えたのは『2Pカラー』側である桜花だった。
「それは許されないわ凶子。組織は非公認での私闘は御法度。先の
「うるせえ。そもそもあたしゃゲーマーじゃねえ。馬場上凶子はあくまでバーロウのマネージャー的立場、その掟には当てはまらねえはずだ。あたしはあたしのために対戦するんだ。組織なんか関係ねえ!」
「ますます許されることじゃないわ。それは組織に離反するのと同義よ」
しかし怒りおさまらないババアを止めることはできず、
「結構。ならばここからは組織とは無関係。あなたが勝とうが負けようが報酬はなし。そして、このことは私からミスターQに報告させてもらうわ」
「それでいいよ。あんたはそこで黙ってあたしの対戦を見ててくれりゃあいいんだ。審判役は必要だからね」
『2Pカラー』側の腹は決まったらしい。一方、別斗一行はこれに従う義理もない。勝負がついた以上、対戦する理由もない。
「あー悪いんだけど、おれは遠慮するわ。ゲーマーでもねえ一般人とのゲーム対戦なんて、やるメリットはないしな」
馬鹿な茶番に付き合う気はなかった。こんなところで不必要なしがらみを生む謂われもないし、なにより疲れた。バーロウとの一戦を終えた今、神経を使うゲーム対戦に挑めるほどの体力はあまりない。
が、ババアは誰もが想像つかない、とんでもないことをぬかした。
「誰がてめえと戦うって云った。あたしが叩きのめしてえのは天堂ソソミ、てめえだよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます