勝利の2Pクロス(5)
ソソミのまさかのひと言によって開始されたガチャガチャ企画は、順調な滑り出しを経過した。ひとまず小手調べとばかりに10回ほど回してみた結果、話に違わず不人気キャラ・六眼鉄のオンパレード。ふとったヒゲ面のおっさんが込められていたカプセルの山が、不毛な現況を如実に表しているようだった。別斗はそれをメジャーリーガーがベンチに吐き出したひまわりの種の残骸を一瞥したような、なんとも云えぬ気持ちを重ねて眺めていた。
「聞きしに勝る暗澹たる光景だな」
あすくはいまだテンションが衰えぬと見え。ソソミが義務的動作で細い指先を器用に動かし、100円玉差し込む光景を興奮気味に見つめている。右手で硬貨投入し、左手でレバーをぐりんぐりん。この無駄のない動きをリズミカルに行うソソミ。ジャレ子は転がり出てきたカプセルを取る役目を仰せつかり、あすくに手渡している。三位一体、遠目に見れば奇妙な一座だったが、理に適った作業法で次々にカプセルを開けていく。
そんなご令嬢の清楚な横顔を見つつ、別斗はソソミの意外な一面に触れて微笑ましくなった。ソソミは些細なことでも夢中になれるタチなのだ。頭脳明晰、才色兼備、年齢のわりには成熟した雰囲気醸すさしものクールビューティも、その裡には年頃の少年少女が持つ無邪気さがちゃんと備わっているのだった。
――しゃあねえ、おれも楽しむか。
別斗苦笑いで頭を掻き掻きすると、
「先輩、その態勢疲れるっしょ。おれが代わりますよ」
中腰で背中を丸めるソソミを気遣い、今度は別斗が座に着いた。ソソミが持ってきたコインケースをガチャガチャの上に置き、そこから右手に握れるだけの100円を掴んで、器用に一枚一枚投入していく。
「なあ、あすく。いまどれくらいだ?」
「あーっと、31個目だな」
「まだそんなもんかよ。半分は開けたと思ったのに」
「こりゃ道のりは想像以上に厳しそうだぞ」
「道のりよりも、おれは罪悪感で胸がドキドキするぜ。全部買い占めたときにゃ、いったい幾らになってるんだか」
別斗の率直な心境にソソミ、
「わたくしのことは気にしないでいいわ。そのお金は交際費名目で父にいただいたものだから」
それはそれは。内心安堵したのは云わずもがなだが、あまり表情に出すのもはしたない。ここは大人な対応で済ますに限る。
「さいで」
さて。
選手交代しての別斗。ソソミ同様右手で100円玉を投入し、左手でレバーをぐりんぐりんする二刀流で攻める。相も変わらず転がり出てくるのは六眼鉄という不人気キャラだが、ひたすら作業を繰り返す。
さすが別斗と云うべきだろうか。ゲームの達人である父親の
この一分の隙もない洗練されたムーブに、たまらずジャレ子とあすくが口をとがらす。
「おい別斗、ペース上げすぎだぞ。もうちょっとゆっくりやってくれ!」
「ちょっと別斗~、カプセル取るのも疲れるんだよ~? キャッチャー座りしっぱなしなんだから~」
「バーロー。なに文句云ってんだ、おまえらが始めた物語だろ。まったくソソミ先輩まで付き合わせといて」
「ちょっとここいらで休憩しな~い? 私『きなこ棒』と『モロッコヨーグル』が食べたい」
「いいねえ。ぼくは『よっちゃんいか』が好きだな」
「『よっちゃんいか』は私も好きだけど、つまんだ指がイカ臭くなるのよね~」
「あのツンとした匂いがいいんだよ。おじさんが云ってたけど、あの酢の香りはザリガニをおびき出すのにもっとも適しているって」
しょうもない会話をしている間にも、別斗によってカプセルは転がり出続ける。ぐりんぐりん、カコン。ぐりんぐりん、カコン。
別斗がちっとも会話に乗ってこないものだから、ジャレ子とあすくのやりとりはまもなく途切れ。
そうしてしばらくのときが経過したとき、あすくが「おっ」と感嘆の声を上げた。
「すごいぞ別斗! もうちょっとで空になりそうだ!」
あすくの言葉通り、気がつくとガチャガチャマシンの中身は両手で数えられるほどなっていたのだ。出すに出したりカプセルの山。その数は100を越そうとしており、すべてが不人気キャラ・六眼鉄で埋め尽くされている光景はおどろおどろしいものがあった。
「すげえな、これ〈なに活〉だよ」
禍々しいものを見る目で、うず高く盛られた六眼鉄を見やる別斗。あまりに途方もない絵面に、肩を震わせる。
「ゾッとするよな。本当に全部おんなじキャラがマシンに投入されてるなんて」
「それももう終わりが見えたな。あすく、あと何個だ?」
「えーっと、3個だ」
あっと3球~、あっと3球~。甲子園的手拍子でもってカウントダウンを演出するジャレ子。ソソミも、神妙な面持ちで成り行きを見守りながらも小鼻が膨らんでいるあたり、彼女なりの興奮を覚えているのだろう。
「よーし、最後の1個だ!」
あすくが歓喜に喚く。長い戦いに決着がつく安堵感もあってか、その表情は開放感に満ち溢れている。いや、あすくだけではない。誰もが事の終わりを待ちくたびれた様子で、残った1個の行く末を3割増しに見開いた目で見守っている。
そうした、いわば緊張が解けて弛緩した瞬間に生じた無警戒により、普段なら感知できたであろう陰険な空気に気がつかなかった。
駄菓子屋の2階。ちょうどガチャガチャの真上にある子ども部屋らしき窓から、ひとりの男が盛り上がる4人をねっとりした視線で睨めつけていることに。
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