勝利の2Pクロス(3)

 車窓の景色は御美玉を離れ、香澄ヶ浦かすみがうらの湖面を映していた。風の塔。その向かいにある玉常たまどこプレイランドという施設を目にすれば、やはり様々な出来事を想起してしまう。それは隣に陣取るあすくも同様、ジャレ子とアホな会話で盛り上がっていた最中、件の施設が見えると意図して視線を避けるように、俯いてゆっくり眼鏡を押しあげる。先のゲーム対戦からひと月、いろいろとあったしがらみを解消するには、別斗もあすくもまだ日が浅すぎた。

 この微妙な車内の変化に気づいたのか、はたまた偶然か、このクライスラー・リムジンの持ち主である天堂てんどうソソミが、普段より高い声質で、


「それにしても、ガチャガチャなんていつ以来かしら」


 運転手である勅使河原てしがわらを除き、全員が振り向いた。豪奢なソファシートに座るのは例によってイツメンの3人だが、このソソミの発言にはいささか驚きを禁じ得ない様子で、


「へえ、ソソミ先輩もガチャガチャなんてやるんですか~?」


 ジャレ子が場を代表して身を乗り出した。


「もちろんよ。天堂家の人間としてガチャガチャに心酔するのはいささか心苦しいけれど、小学生の頃に大洋堂から販売されていた『元素記号消しゴム』というものが好きで、集めていたわ」

「元素記号ですか~?」


 意識高いですね~。自分から切り出しておいてアホのジャレ子、これ以上話を広げられず。代わりにあすくが前に出るはめになった。


「てことは、全部で118個あるってことですか。集めるの大変そうですね」

「そうなの。全部揃えようと息巻いてはみたものの、いくらやってもアスタチンが出なくって。諦めたわ」


 蚊帳の外にいる別斗とジャレ子は、気を紛らわせるために車窓へ目をやった。唐突に始まった元素記号しりとりで盛り上がるソソミとあすくに話を振られないよう、なるべく存在感を沈潜させる。香澄ヶ浦沿いの平凡な景色を眺めながら、ガチャガチャといえばドンキホーテにある18禁ガチャに想い焦がれ、まんじりともできぬ煩悶とした夜を過ごしたなあ……などと別斗は思い巡らした。そんな破廉恥な想像していることなど臆面にも出さず、無表情を保ったままなのはさすがである。そこへ対面に移動してきたジャレ子、手持ち無沙汰になったらしく別斗へ話しかけてきた。


「ねえ、大久保公園って知ってる~?」

「あ、大久保公園?」


 別斗は数秒目を上にあげ、


突刃つくば市の?」

「違う違う、東京の」

「歌舞伎町のか」

「そうそう。その大久保公園でね~、最近夜な夜なおじさんたちが集まって~、なにかを待ってるみたいにウロウロしてるんだって~」

「なにを待ってるんだよ」

「それがね~、シンボルエンカウントではじまるポケモンバトルって聞いた」

「そうなのか。でもまあ、おれは興味ねえなあ」


 冗談だか本気だかわからないジャレ子を構う気が起きなかったので、別斗はそれで会話をシャットアウトする。

 さて今回となんの関係もない与太話の余韻が秒で消えると、ちょうど目的の場所が見えてきた。香澄ヶ浦を通りすぎ、そこから南へ走らせること二十分弱。幹線道路をはずれ、やや木々深いなだらかな丘陵を分け入っていくと、ポツポツと家々が点在する集落に突入する。年季のこもったアスファルトが細く伸びゆく集落のいわゆるメインストリートわき、まもなく見えるしなびた郵便局の隣にそれはあった。


「あそこかな~?」


 ジャレ子が指差し、一行が視線を走らせた先にはセピア色の写真の中に見出せるような、木材を格子状に組んだ薄板外壁の一軒家がある。静かで寂れた周囲に同化する、すす呆けたその日本家屋は、昭和の雰囲気醸す懐かしき商店であり、子ども達の憩いのオアシス・駄菓子屋だった。


「マケンジたちの話と合致している。おそらくあそこに間違いないよ」


 あすくが口をひょっとこにし、唾を飛ばしながら応える。今朝のオタクふたりの話の通り、駄菓子屋の軒先にはガチャガチャが数台置いてあるのが見えた。


「でもな~んか入りづらい空気だね~。『ほん怖』で道に迷って辿り着いた先にある幽霊が出る家みたい。こんなことならマケンジくんたち連れてくればよかったんじゃな~い?」

「あすく、マケンジたちは都合悪かったのか?」


 これにあすく、眼鏡をクイクイするお決まりの仕草でドヤ顔を披露する。


「いや、わざと置いてきた。この戦いにはついてこれないだろうからね」


 おまえも手を汚さねえだろ。別斗のツッコミも聞かずにあすく、勝手にさっさとリムジンを降りる。


「先輩、なんか申し訳ないっす。あとでシメておきますんで」

「別によろしくてよ。わたくしもそのガチャガチャ、気になるもの」

「でも、ソソミ先輩の〈おごり〉で無駄に欲しくもない景品を出しまくるなんて、なんか気が引けるっす」


 そう、今朝方オタクふたりの話を聞き、リベンジ企てたあすくの考えとは、天堂家の令嬢であるソソミの財力をもって件のガチャガチャを空にしてしまおうという荒唐無稽なものだったのだ。そうしてすべての景品を開け放ち、もしもおんなじ六眼鉄しか出てこなかったならば店主に詰め寄っての鬼クレーム、この不正行為のおとしまえどうつけてくれるんやと、SNSで開示請求企てる実業家のごとき暴虐ぶりでぐぬぬと云わせるのだ。上手くいけば返金せしめることができるかもしれない。

 と、実に未成年らしい妄想で可愛げがあるが、いくらやんちゃ盛りな高校生と云えどそこまで本気で考えてはいない。


「クラスメイトが一杯食わされたんだ。一矢報いてやりたいじゃあないか」

「わたくしも我が校の生徒を誑かすインチキ商売をしている駄菓子屋など、見過ごす気にはなれないわ。金にモノを云わせる古のユーチューバーのようで寒気がするけれど、検証するにはこれが一番近道であることに相違ないものね」


 あすくの檄に呼応し、珍しく義憤に逸るソソミ。彼女もまんざらでもないのだった。


「では、わたくしたちも参りましょうか」


 近所に銭湯があるそうだから、汗を流しに行ってはいかがかしら。労いに忠実に従う運転手・勅使河原の駆るリムジンを見送って、一行はひび割れた道路を歩み始めた。

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