勝利の2Pクロス(2)

 一方。

 あすくたち4人が教室にて意味深な画策をしているころ。屋上では少年ジャンプさながらのまぶしい青春匂わせる2人の人物が、地方都市・御美玉の牧歌的な風に身を任せている。眼下に列をなして校舎へ吸い込まれていく姿を眺めながら。季節が巡り、衣替えによって再び学生服に袖を通した一団が、演習のように昇降口へと歩を進めている。


「まるでペット・ショップ・ボーイズの『Go west』だな」


 缶コーヒーを片手にそうカッコつけたのは荒巻別斗あらまきべっと。何者にも縛られない自由な属性を標榜している彼は、こうしてときどき屋上で気ままな時間を作りたがる。今朝は起きて早々、ある約束の電話を受けたため、こうして一足お早い通学と相成ったのだ。


「なに云ってるの。本来はあなたもあの列に加わって教室へ向かわなくちゃいけないのよ」


 その電話の張本人、傍らの女性がいたずらに微笑んだ。その様子から発言が本音でないのが窺える。教師である彼女は、その実、正規の教師ではない。


「なに云ってんすか、星野先生ェ。あんたに呼び出しくらったんじゃないっすか。それに、あんたも曲がりなりにも教師やるなら、いまごろ職員室で教頭にコーヒーでも淹れてなきゃいけないんじゃないっすか?」


 なにを隠そうその正体は、元裏のプロゲーマー・行平ゆきひらヒトミ。別斗との対決に敗れた彼女は裏のプロゲーマー組織『2Pカラー』を脱退し、まんまとホンモノの星野アスカ先生を背乗って御美玉中央高校の教師になりきっているのだった。


「ずいぶん時代錯誤なことを云うのね。いまや女性がお茶くみする価値観は終わったのよ。女性だからってお茶くみはしなくていいし、年配者より早く出勤したり遅く退勤したりする必要もないの」

「んで、アニメなら女の子がパンくわえながら疾走してるだろう時間に呼び出した理由はなんすか?」


 残りのWANDAを一気に飲み干し、別斗は床にコツンと缶を置いた。


「朝のうららかなひとときに、今後に役立つ情報を進呈しようと思ってね」

「へえ。健全な高校生男子が興奮しそうな、嬉しい話じゃなさそうっすね」


 まあまあ。軽くたしなめ、しなやかな仕草でタバコに着火する星野アスカ。別斗はそのしなやかな振る舞いにしばし見とれ、すぐに漂ってきた紫煙に顔を背けた。


「あなたが知りたがってる組織の構成員のことだけどね、実はその人数は私にもわからないわ。一堂に会して自己紹介する機会もなかったから。面識どころか名前さえ知らない野良プロも珍しくないの。でもミスターQに近しい、いわゆる幹部メンバーのことは少しだけ知ってるわ」


 まるで授業のような調子でそこまで語ると、別斗が床に置いたWANDAの缶を拾い上げる。タバコの先端を飲み口に当て、器用に灰を落とす。


「私もそのひとりだったんだけど、幹部は『上Qゲー民じょうきゅうげーみん』と呼ばれていてね。それはそれは崇拝されたもんだわ」


 えっへんと胸を張るジェスチャーの星野アスカだが、その顔は笑いを堪えている様子で締まりがない。


「なんちゅーネーミングセンスだよ」

「ふふふ、名前はともかく、上Qゲー民は裏プロ組織内では絶大な権力を誇っていたのは確かよ。でも、その人数は両手で数えられるほどだと思うわ」

「ちなみに先生ェはその幹部連中のなかでどのくらいの強さだったんすか」

「そうねえ。手前味噌を並べるけど、私より上の裏プロとなると何人もいないと思うわ。私に勝った荒巻くんなら、かなわない相手はほぼいないと思うの」


 油断は禁物だけどね、と吸い殻を缶の中にシュートする。


「でもそれって先生ェの感想ですよね?」


 ピアニッシモの箱から1本抜き出し、再び口にくわえる星野アスカ。さっきも云ったけど、と前置きし、ヴィヴィアンウエストウッドのライターをカチッと鳴らした。


「しょうがないでしょう。面識がないってことは対戦したこともないんだから。ただ私はミスターQの秘書やってる女の子と仲が良くて、よく飲みにいったり合コンしたりもしててね。その子からたまに幹部連中のウワサ話を聞くことがあったわ」

「ウワサ」

「最近だけど勢力図がちょっと変わったって云ってたわね。すごい勢いで上Qゲー民をのし上がった新星が現れたらしいわ。なんでも若干11歳の小学生って話よ」

「小学生ゲーマーっすか」

「そう。しかもその腕前はトップクラスだという」


 そういえば、と別斗。あすくが気になることを云っていた。門田かどたとかいうイレギュラークラスの裏プロが、新人のガキにあごで使われて悪態をついていたと。


「ってことは、もしかしたらその小学生が最強ってこともあるかもしれないわけっすね」

「それはどうかしら」


 これに対し、星野アスカは懐疑的な物云いで長く煙を吐きだす。束の間。できた沈黙に不穏を覚えた別斗は、つい星野アスカの横顔を見つめてしまった。


「最強の裏プロはもう10年近くトップの座に君臨してるらしいわ」


 しかも、とつけ加えられた話の続きに、別斗は上擦った声を発した。


「それは女だという話よ」

「女ぁ?」

「年齢や名前はいっさい不明。あまり組織の施設に出入りしない人物として知られていて、実際に接触したことのある人間はミスターQ以外にいないんじゃないかって云われるほど謎に満ちているの」

「謎の女……」


 空へ向かって煙をふーっと吐きだすと、吸い殻を再び缶に押し込んだ星野アスカ、


「さあ、今日の話はここまでよ。もうそろそろ朝のホームルームになるわ。教室へ行きましょう」


 まるでカチンコでも鳴らすように手を打つ。今日も一日、彼女は教師を演じなければならないのだ。

 これは私が処分するわね。空の缶コーヒーを持った星野アスカが先に屋上をあとにする。生徒と教師という間柄、屋上での逢い引きを快く思わない連中に配慮した、いつものやり方だった。

 しばらく経って、別斗も屋上の鉄扉へ向かう。ドアノブを掴もうとしたそのとき、こちら側へ勢いよく開かれた鉄扉に、思わず仰け反るはめになった。


「別斗、やっぱりここにいたか」


 屋上へ躍り出てきたのはあすく。うしろにはジャレ子と、マケンジ&ショウのオタコンビが見え、珍しいパーティを組んでいることに別斗は目を丸くした。


「どうしたよ、あすく。その様子じゃおれにおはようを云いにきたんじゃねえな?」

「お、察しが早くて助かるよ。そうなんだ、ちょっとばかりぼくたちの頼みを聞いてもらえないか?」

「頼み?」


 あすくの言葉に訝しむ別斗。

 ――こいつの頼みはろくなことがねえからなあ。

 この悪い予感は見事的中することになる。それは御美玉中央高校の生徒会長にして世界のエンタメ企業、ニャンテンドーの麗しきご令嬢を巻き込んでの騒動に発展することになるのだ。

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