第4話

勝利の2Pクロス(1)

 それはそれは登校時間も早々に、教室にまだ半分も生徒が到着していない朝のこと。

 県立御美玉中央高校けんりつおみたまちゅうおうこうこう1年×組の〈ちょうどいい女子〉こと雨瀬うのせジャレ子が、持ち前の甲高い声を発揮した。


「ちょっとちょっとちょっと~、なにそれちょ~キモいんだけど~」


 天真爛漫、天然快活を地で行くジャレ子の声量は、昼夜問わずよく響く。ところが彼女が彼女たる個性証明著しく主張するご存知その豊満なパイパイのおかげ、通常ならウザったく思える金切り声も思春期通念に許されている空気まとっているせいで、きわめて現代的な悪態さえ邪険に咎める気配もない。もちろん本人もそれがわかっていての振る舞いなのだが。

 とにかくジャレ子、ピンッと無遠慮におっ立てた人差し指にてなにを示したかといえば、朝陽に白く照り輝くクッキーの缶。スーパーマーケットのサービスカウンター脇に置いてあるような詰め合わせの四角いそれには、スキンカラーのゴム人形がこんもりと山を形成していた。


「学校にこんなおもちゃ持ってきて~。オタクもここまで行くと悪趣味だね~」


 辛辣に云い放ちつつクッキー缶の山から、こぼれた牛乳を拭いた雑巾でも摘まみあげるように人形を持ち上げる。

 それは、かつて一世を風靡した人気漫画のキャラを4センチ程度のフィギュアにした、いわゆる『キンケシ』に酷似したものだった。


「ぼくたちも好きで持ってきたわけじゃないよ」


 ジャレ子の前にはふたりのオタク男子生徒がいて、そのうちのひとりが冷静に答える。


「あまりに屈辱的な出来事に遭遇したから、どうしても学校で話したくってね」

「屈辱的? まあオタクの話なんてオチはないし意味もないの知ってるけど~、聞いてやらないこともないかな~」


 不幸話が3度の飯より夢中になれるジャレ子の食いつきに、ふたりのオタク生徒は意味深なフェイス・トゥ・フェイスで四分休符。お望みの展開になったにも関わらず浮かない表情なのは、その屈辱的な話とやらをジャレ子に披露したところで自分たちの望むリアクションを得られやしないだろうという失望感のせいなどではなくって、あまりに遣る方ない体験記を語るのも途方なく疲れるという、至極まっとうな理由に他ならなかった。


「深刻な話なら相談に乗ってやれないこともないよ~?」


 短くため息をついて時機を整えると、ひとりがジャレ子に向き直る。


「このフィギュア、よく見てくれ」


 クッキーの缶を持ち上げ、ジャレ子の顔の前まで持ってきたのは剣崎けんざきマケンジ。生粋のオタクだが一見するとオタクに思えぬ容姿とコミュ力のために謎のチカラが働いて、二軍女子にはそこそこ認められた人物である。声優からVTuber、はてはエロラノベまで幅広い知識を網羅しているため、一部の男子から重宝される人物でもあった。

 そのマケンジ眼前に突きつけたる缶のフィギュアを見て、ジャレ子は大きく作った目をさらに見開いた。


「なにこれ~、全部おんなじキャラだよ~? しかもキモいやつ」

六眼鉄ろくがんてつだよ」

「六眼鉄? なによそれ」


 みんな知ってるような云い方されてもね。ジャレ子が眉をひそめていると、今度はマケンジの隣に立つぽっちゃり男子があとを継いだ。


「雨瀬さんは『先割れさきわれ! 男軸おとこじく』って知ってる? 昔の漫画で、いまネットで再ブレイクしてるんだけど」


 剣崎マケンジと違い、このぽっちゃり男子・牟田瓦むたがわらショウは典型的なクラスの低層だった。冴えない見た目に勉学も運動も苦手なうえ、なんかほのかに漂うワキガ臭・口臭のおかげで憂き目を味わわされている。そのためか必要以上に他人に優しい一面があるから、イジりがいのある天然ジャレ子にも懇切丁寧柔らかい口調で会話するのだ。


「ん~、名前くらいは聞いたことあるかも~。その漫画のキャラなんだ。でもでも~、こんな目が6個もあるふっとちょのヒゲ面おっさんが人気なの~?」

「まさか。原作のなかでは一番不人気だよ」

「ならさ、な~んでこんなに集めちゃったの~? 人気がないんじゃ転売もできないじゃん」


 アホ面で小首を傾げ、パイ寄せ腕組みする仕草に、女子慣れしていない牟田瓦ショウが『うっ』と息を飲まされる。そのせいで、


「ガ、ガチャガチャ(カプセルトイ)だよ。これ全部ガチャガチャで出てきた景品なんだ」


 言葉の頭が上擦ってヘンなイントネーションになった。


「ガチャガチャの景品なの~? これ何年分なのよ。こんなキャラ被りってありえなくな~い?」

「1日だけの成果だよ。昨日マケンジとやりに行ったら、全部これだったんだ」


 天然がウリのジャレ子も、その異様さには渋面を浮かべる。


「それはヘンだね~。ガチャガチャの景品でおんなじキャラばっかり出るなんて」

「そうなんだよ。ぼくたちも3回目までは偶然だと思って笑ってたんだけど、さすがに4回目以降はある種のホラーだった。回しても回しても転がり出てくる六眼鉄。悪夢でしょ」

「どうして途中でやめなかったの~。ぜったいアヤシイじゃん、そのガチャガチャ」

「つい意地になっちゃってね。なにがなんでも違うキャラ出るまで回してやろうって」

「馬鹿だね~、搾取されちゃって。ツッパしすぎだよ~」


 はあ、とため息つきつつ手を腰に当てるジャレ子、反対の手のひらを上に向けるアメリカンチックな小生意気ポーズで気取る。ふたりのオタクの屈辱的な出来事の全容は、さすがにジャレ子にだって察しがついた。


「ていうか、それって」


 と物申そうと口を開きかけたそのとき、


「話は聞かせてもらった。おまえらは破滅する!」


 ぬるりと背後に忍び寄っていたのは帆村ほんむらあすく。御美玉中央高校1年×組一のキワモノ、陽キャにも陰キャにも属せない彼が朝っぱらからけったいな奇声を発するものだから、ちらほら集まりだした教室はにわか静まりかえった。


「びっくりした~。あっくんってば、陽キャにまぎれてコソコソ登校するんだもんな~」

「ごめんごめん雨瀬さん。いやなに、話がたまたま聞こえちゃったもんでね」


 伊達眼鏡をクイクイ押しあげ、朝から謎のドヤ顔を披露するあすく。


「帆村か。どういうことだよ、ぼくらが破滅するって?」


 これに対し、牟田瓦ショウが生真面目にレスする。あすくに対してだけは彼も対等になれるのだ。


「いやなに、そんなあからさまな不正ガチャに熱くなるなんて、そのうち身を滅ぼしちゃいませんかってね」

「わかってるよ。ただ、ちょっとムキになっちゃっただけさ」


 そんな牟田瓦ショウをちょっと手で制した剣崎マケンジが、一歩前に出る。


「いや、もちろんおれたちもこれが不正ガチャってことは気づいてたよ。けどよ、どこまでやらかしてるのか試してみたくなったのさ」

「つまり、そのガチャガチャのマシン内にどんだけ六眼鉄が仕込まれてるのか、ハラ探ってみたわけね」

「ああ、結果は惨敗だけどな」


 せめて男色ディーノ(人気ワースト2位キャラ)くらいは当てたかったが――。大仰に首を横に振るリアクションのマケンジを無視し、あすくは机のクッキー缶に目を移した。


「そのシガールの缶の中身、ざっくり見て5千円ちょっとはあると見たが、どうだ?」

「よくわかったな。昨日の出費はおれとショウふたりで6千円だった」

「その金額でどれくらいマシンの中身を減らせたんだ?」


 オタクふたりはふたたび顔を見合わせ、


「半透明でよくわかんなかったけど、まだ半分以上はあったと思うぜ?」

「全部の中身を取りだすには、1万は必要になるってことか」

「帆村、おまえなにを考えてる?」


 マケンジの疑問符に、あすくはふふふっと眼鏡の奥の双眸気持ち悪く光らせると、


「おじさんが云っていた。〈負けてるときこそ倍プッシュ〉だと」

「あっくん、もしかしてそのガチャガチャの中身がなくなるまで回すつもり~?」

「説明台詞ありがとう雨瀬さん。そう、そのとおりさ。そんな今時テキ屋のおっさんですらやらないような仕込み、バラしてみたくなるのが男ってもんでしょ」

「面白そうだな。復讐するならおれたちもまんざらじゃないぜ。でもよ、おれたちは昨日の出費で所持金が底を突いちまったからなあ」

「あっくんの考えはわかるけど~、あっくんだってガチャガチャ買い占められるほどの資金、持ってないでしょ~?」


 これに対し、あすくは満を持して眼鏡をクイクイすると、


「その点はご心配めされるな。ぼくに素晴らしいアイディアがあるんだ」

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