最終話 本当の仲間

 籠宮様。

 新たな神であり呪具である存在。

 それが、鬼ではなくなった蒼月に下された、新たな役割。

 普通の人になることは許されず、それどころか、二度と鬼にならないよう、現人神あらひとがみとして祀られる。

 それはすなわち、死後も神として、その魂が縛られることが確約してしまったことを意味した。

 本庁は永遠に、蒼月を利用し続ける。

 その結末に、時雨はどういう顔をして会えばいいのだろう。

 生きて欲しいと願った。

 一緒に生きたいと願った。

 でも、これは願った結果とはまるで違う気がする。

 由比に従って奥へ進む間も、時雨の中に後悔が溜まっていく。

 彼の願いは、鬼として死ぬことだったのに。

 身勝手な願いが、彼に新たな呪を与える口実となってしまったのではないか。

 足が、止まりそうになる。

「俺は」

「よう。来たか。相変わらず景気の悪そうな顔をしているな」

 会わずに帰るべきでは。そう言おうとした矢先、聞き慣れた軽口が耳に飛び込んできた。

「あっ」

 いつの間にか下を向いていた視線を上に上げると、目の前には立派な御帳台みちょうだいがあった。その中に、煌びやかな衣装を纏う蒼月の姿がある。結い上げて冠を被るべきなのだろうに、相変わらず髪は後ろに一纏めにしていて、そこに小さな反抗心を見た気がした。

「おい、由比。人数分のコーヒーよろしく」

「かしこまりました」

 由比を追い払い、蒼月が立ち上がって時雨たちに近付いてくる。その姿はさながら絵巻物から抜け出してくるかのようだ。

「綺麗」

「すげえ格好よくなってんじゃん」

 そんな蒼月に、素直な賞賛を送る月見と青葉だ。

「めっちゃ肩凝るぞ。逃げられないようにってのが見え透いてるよな。まだスーツのほうが良かったぜ」

 蒼月はそう相変わらずの口調で返し、思わず俯く時雨の頭をぐしゃっと撫でる。

「なっ」

「気に病むなよ。悪いことをした気になるだろ」

「っつ」

 二人には聞こえないほどの小声で言われたことに、時雨はどきっとする。それからまじまじと蒼月の顔を見ると

「俺も、お前らと生きてみたくなった。だから、今がどうであれ、そんな顔はするな」

 にこっと笑って、時雨が気にしていることを口にする。

 お前らと生きてみたくなった。

「っつ」

 その言葉に、視界が滲むのを感じる。

「おいおい。泣くほど今の俺様に惚れちゃった?」

「ふざけんな、馬鹿!」

 茶化してくる蒼月に、時雨はあの時のように蹴りをお見舞いする。それに蒼月はただただ笑うだけだ。

「おいおい、暴れるなよ。今は俺しかいないけど、他の職員に見られたら大事だぞ。一応は神様だからな。一応は」

 そこに戻ってきた由比が、呆れた調子で注意する。

「いや、どんだけ一応って言ってくれんの?」

 それに蒼月が苦情を言うから、先ほどまでの深刻な空気はどこかに行き、笑い声が広がる。

「籠宮様。日頃の振る舞いを考えてください。ケーキの大食いをする神なんて、寡聞にして知りません」

 対する由比はしれっとそう返す。どうやらすでに、息の合ったコンビのようになっているらしい。

「ケーキの大食い」

 しかし、気になる単語だ。この男は何をやっているんだと、時雨は思わず蒼月を睨んでしまう。

「いや、だって、何でも食わせてやるって、あの大河内が言うから」

「ああ」

 なるほど。大河内はそれまでの扱いに対し、一応は詫びをしたということか。その要求がケーキだったことは予想外だったろうが。あの生真面目な大河内が大量のケーキを発注する姿を思い浮かべ、時雨はぶっと吹き出してしまう。

「面白いだろ」

 にやっと笑う蒼月に

「そうだな」

 時雨は笑って同意する。

 そんな二人に、月見も青葉もほっとしていた。

「打ち解けたようですし、皆様にお仕事の話です」

 そんな四人に向け、もういいなと由比がすっと懐から封筒を取り出して四人の前に置く。ついでにコーヒーを配り

「東北のある霊場で大規模な地鎮祭が必要になりました。籠宮様とともに、任務に就いてください」

 そう言ってにやりと笑う。

「任務」

 意外な言葉に、時雨が驚いてしまう。すると、蒼月はコーヒーを飲みながら

「聞いてなかったのか? 俺、陰陽師としても動くんだよ。だって、利用できる呪具だからね」

 にやにやと笑ってくれる。

 驚く時雨に、月見と青葉は知っていたようで、すっと視線を外してくれる。それから、黙っていてごめんと二人は手を合わせた。

(してやられた!)

 時雨は大河内の仕返しだと気づき、舌打ちしてしまう。詳しい情報を時雨に伏せたのは、絶対に意趣返しだ。

 蒼月を掌握する。そんな本庁の願いを真っ先に叶えた時雨は、同時に蒼月に同情する者だ。心配させて、ついでに後悔もさせてやろうと企んでいたに違いない。

「くそっ」

「本庁の連中を信じるから、そうなるんだよ」

 悔しがる時雨と三人の態度から、何があったのか解ったのだろう。蒼月が相変わらずだなと苦笑している。

「学習しねえのかよ」

 時雨はふんっと鼻を鳴らして悪態を吐き、それでもぷっと笑いを堪えきれず、腹を抱えて笑ってしまう。

(そんな小さな嫌がらせしか出来ないほど、覆せない事実があるんだ)

 ひとしきり笑うと

「じゃあ、今度は本当の仲間だな」

 時雨はそう言って蒼月に右手を差し出した。それに、蒼月は

「そうだな」

 ぎゅっと力強く握り返し、心底嬉しそうな笑みを浮かべたのだった。

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蒼鬼と清浄の姫 渋川宙 @sora-sibukawa

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