君がゾンビになっても、愛してます以上の言葉を贈りたい。 その4

 お二人と挨拶を交わしてる間にも、隣でそわそわし続けている奏。

 大好きで尊敬する先輩。彼女が目の前で倒れ込んだのに、何も出来なかったこと。来る日も来る日も後悔し続けていた。

 あの夜は、ずっと泣き続けていたし、数日は笑顔が戻ってこなかった。

 救いだったのは、田中さんが珍しく電話をしてきてくれたこと。

「きっと喜ぶから電話してやってくれ」

 この一言に奏は救われた。

 電話で声は聞けたものの、そのまま産休を取ることになった松岡さんとは、会えずじまい。

『もう大丈夫なんですか?』

「うん、大丈夫。飲み会以来だもんね。ご心配お掛けしました」

『お腹は?』

「無事」

「いやぁ、本当あの時はどうなることか」

 田中さんの話を遮るように「チッ!」っと双方からハッキリと聞こえた舌打ち。松岡さんは眉間にしわを寄せ、奏は鼻頭にしわを寄せて軽く睨みつけていた。

「話させてよ」

 うん、別にこれくらい割って入っても良いんじゃないかと、黙って聞いていた。

「正月くらい黙ってろ。なっ?」

 でもきっと、こちらが正解なんだろう。

「大月さんのことだから、心配し続けてくれてたんだろうし、このバカから話聞いてたからさ。早目に会いたいなとは考えてたんだけどね。私も自分のことで一杯になっちゃってて。ごめんね」

『いえ、そんな全然いいんです。松岡さんが謝ることなんて、これっぽっちもありません』

「あ、そうだ大月さん。歯医者ちゃんと行ってる?」

『ん、えっ、なんで知ってるんですか?』

 こいつ。と左手で軽く指をさした先にいる田中さん。

『話したことない!』

「いや、ほら、事務所で話してたの聞こえててさ。あきも大月さんのこと気にかけてたから」

『うおおおおおおおおお!』

 スーパー座敷童子、誕生。

 こりゃ入っていく余地ないわぁと、一歩下がったところで話を聞いていたが、なかなかに面白い組み合わせだ。

 松岡さんが奏のことを気にしてくれていたことへの興奮と、田中さんへの怒り。なんだかよく分からないけど、奏に面白いスイッチが入った気がした。叫んでる勢いで踊り出すかもしれん。


 歯医者さんの機械音が大嫌いで、念には念を入れてってくらい、歯磨きに時間を費やす我が家の座敷童。

 残念なことに、いくら磨いても、いくら歯間ブラシをかけても、周期的に虫歯に襲われる。

 先日も、被せ物が欠けて食べ物が詰まるからと、渋々歯医者に行くと、中が虫歯になっていたんだそうだ。もちろん削られて、本気で泣いて帰ってきた二十六歳。

「もう慣れましたかー?」

 なんて衛生士さんに声を掛けられる二十六歳。

 今、定期的に通っている歯医者さん。十分に下調べをして『あそこは当たりだよー』と、初日は笑顔で帰宅してきた奏。

 ところが、担当してくれている院長先生は、治療が怖すぎて足をバタバタさせてるいる二十六歳に、咳払いや「んん!」と低い唸り声を上げるんだそうだ。

 先日も

「静かにしようか」

 と軽く怒られ、ビート板が必要なくらいバタ足が激しくなる奏は、衛生士さんに手を握られた状態で治療を続け、号泣して帰ってきた。

 マイルドに接してくれたのは初日だけ。

 通う度に、そんな院長先生に親知らずのことを指摘される。体の一部を無理矢理引っこ抜かれるだなんて、想像するだけで頬を赤らめ、涙が溢れて泣き出してしまうほどに怖い。

「院長先生、お昼頃に用事で抜けるから、昼過ぎに予約してもらえたら女性の先生になりますよ」

 歯医者が嫌いな小学生と同等くらいな扱いをしてくれる優しい受付のお姉さんが、小声で教えてくれる。

『じゃあ、お昼過ぎでお願いします。あ、いや院長先生が苦手なわけじゃないんですよ』

「いいんですよ苦手でも」

 そう笑って返してくれる受付のお姉さんを含め、今ではスタッフ間で、ちょっとした有名人と化した大月奏。

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