君がゾンビになっても、愛してます以上の言葉を贈りたい。 その3

 冬の空気が好き。特に早朝の、冷たく澄んだ空気。

 大きく胸いっぱいに鼻から吸い込むと、不純物ひとつなく、透き通った感じのするとしたそれが、体の先端まで伸びる毛細血管すらも満たしてくれる。

 そのまま頭上を見上げると、透き通った青空が広がっていた。

 どこまで続いているんだろうと感じるほど、深く感じるスカイブルーの宇宙が、僕を吸い込んでしまいそうで、疲れた心も体も癒してくれる。

「博士、飛べません」

『なに、それ?』

「アラレちゃん」

 飛びたいなぁ。このまま「ぴょんっ!」と跳ねた拍子に、フワッと体が浮かび上がってくれないかな。

 舞空術に憧れた少年時代。とにかく空を自由に飛び回ることに憧れた。ティンカーベルがいてくれてもいいんだけど・・・


『よいしょ。よいしょ』

 一歩ずつ階段を上がる奏お婆ちゃん。

 駅のホームにまで上がってくると、向かいのホームに、アメリカンドッグにかぶりつく、推定二十代前半の女性が立っていた。

 冷たい風に長い髪をなびかせ、おしゃくそ姉さんのように綺麗で素敵な出で立ちにも関わらず、ワイルドなその食べっぷり。

 失礼ながら思わず見とれてしまう二人。お正月だということを忘れてしまいそうだ。

 乗車したら乗車したで

「お前のそうゆうとこが、そうゆうとこやねんからな!」

 と弟に怒りを露にする兄弟の会話に耳を澄ませる。

 可愛らしいことに、そうゆうとこ代表の弟君は、まだ「つゆだく」と発音できないお年頃。

「ちゅゆだくです」

 お兄ちゃんの言う「そういうとこ」が「ここ」なんだろうかと、クスクス笑いながら一時間ほど電車に揺られた。

 無事に新年一発目、宿敵、自動改札機を難なく突破した奏。

『今年の私は一味違うのだよ、ひと吉!』

 最近、僕のことを『ひと吉』と呼ぶのがブームのようだ。

 地上へ上がる階段を上り始めて7段目。

『ひとさん卵が落ちてるよ』

 縦半分に切られた手つかずのゆで卵・・・

「なんでここに?」

 不思議に感じる二人だったが、そこから数段上った先に落ちていた「半熟煮玉子」と書かれた包装フィルム。謎はすぐに解けた。

 微笑ましく最後の階段を上り終える頃、ポケットに手を突っ込んだまま「寒っ!」と肩をすぼめてしまうほどの冷たい風が二人を襲い『うひゃー』とお互いに声を上げた。

 もう雨女とは誰にも言わせないぜぇと、新年の匂いを胸一杯に吸い込み、二人並んで青空を見上げていると、後ろからポンポンと肩を叩き、声をかけてくる女性の声。

「あけましておめでとうございます」

 その聞き覚えのある声に、驚きと嬉しさの入り混じった最上級の表情で『えっ、あっ!』と答える奏。

『松岡さん!』

 っと・・・田中さん・・・・・・

 ずっと話だけは聞いていたけど、実際そんなに分かりやすいリアクションをするのかと、隣にいて思わず吹き出しそうになってしまった。

 そんな田中さんに視線を移すと、なぜかの顔。

 いかんいかん初対面でそんな失礼なっと笑いを堪えていたのに、耐え切れなくなった。この人きっとドMだ。

「声聞いてさぁ、大月さんだと思って」

 そう言った松岡さんは、ふふーん、なるほどなるほどーといった表情で僕に視線を送り、次に田中さんを見て、笑い出した。

「負けたな」

「おいっ!」

 このお二人の関係、中々に素敵みたいだ。

「はじめまして松岡です。と・・・うん、気にしないで下さい」

「おいっ!」

 うん。間違いない。

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