奏と僕と

 ガンッ!

 奏が折り戸を叩いていた。

 朝食を食べ終えた僕は、思い出が詰まったアルバムの山を大事に抱えて、一日の大半を過ごしている洗面所へと舞い戻る。

 あまり物音を立てないように慣れた手付きでそっと床に置き、まるで働き蟻のようにリビングと洗面所を行ったり来たり。

 一通り準備が整ったら、三角座りでしゃがみ込む。

 LINEのやり取りを遡ったり、アルバムを広げたり、奏から貰った手紙やポストカードを読み返しては、微笑んだり泣いたりを繰り返す。

 ガンッ!

 奏は、たまにこうして壁を叩く。頭突きをしてるっぽい時もある。ただ、こうした行動は、そのほとんどが何かに反応を示す時だけで、普段は物音ひとつ立てず大人しい。

 ガンッ! ガンッ!

 聞き慣れない音だった。

 硬い物質が当たる嫌な破壊音が気になり、顔を上げてみる。到底人間の肌とは言えないほどに変色した奏の左手が、アクリル製の磨りガラスに押し付けられていた。

 いつもと何かが違う・・・

 音もだが違和感がある・・・

 そう・・・

 左手・・・・・・

 目を疑ったが間違いない。涙を拭い、鼻水をすすりながら折り戸に歩み寄り、磨りガラス越しにそっと掌を合わせると、また涙が溢れ出して止まらなくなった。

『貰ったって絶対身に付けないから、いらないよ』

 その一点張りだった。

 発言通り、アクセサリーの中でも一番嫌いで

『プレゼントくれるなら図書カードがいい』

 そう言っていた奏が指輪をしている。

 特別な時にだけ身に付けてくれていた婚約指輪。

「この・・・手紙か?」

 可愛らしい封筒に入っているわけでも、猫の絵柄が書いてある用紙に書かれているわけでもなく、持ち合わせていたノートに、震えた筆跡で書き綴られた、奏が僕に宛てた最後の手紙。

 初見の時にはすでに文字が滲んでいて、さらにその上から、何度も何度も僕が落とした涙で、今では読みにくくなるほどに滲んでいる・・・

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