奏と田中と その6
この日の私は、せっかく楽しみにしていた女子会が、仕事中心の会話で進んでいることに少なからず憤りを感じており、元々機嫌や体調も万全だったことも災いして、自然とお酒が進んでいた。
「大月さん、大丈夫?」
『ふぁい、だいじょぶです』
「珍しくゥ9%飲んでんですよォ」
一品物をどんどん口に運んでるうちに、飲むペースも早くなり、そんな私を松岡さんが心配してくれている。
「強いやん。本人弱いのに」
以前、吐き倒す姿を介抱してくれた田中さんも驚いていた。
『いや、ちょっと今夜は飲んでみようと』
「ビールより強いの大丈夫なの?」
『んんんん、大丈夫です。迎えにも来てくれるって言ってましたから』
ひとさんが迎えに来てくれる安心もあったけれど、珍しく飲みたい気分だった。田中さんまで心配してくれるのかーーー。田中めっ。と頭の中はすっかり酔っ払っている。
両肘をテーブルにつき、碇ゲンドウポーズで数分ぼーーーっとしていたみたいだ。
そりゃ皆が心配してくれるかもしれない。
李っちゃんだけが、背後から「冬月」と名前を呼んでケラケラ笑っている。私を使いよってからに。
松岡さんが、背中に添えてくれている右手が温かかった。
「おゥ、かなでんきたよーーー」
『なんですか、それ』
「みかんの果実酒。お勧めなんだって」
ミニオンズはバナナなのに、みかん・・・
なんだか、そんなつまらないことを考えただけでも面白くて、噴き出してしまいそうだった。
仲良くトイレに立った時に、楽しそうに二人で選んでたのは、このお酒だったらしい。
「大月さん飲むの?」
『いただきます!』
あざっす久保ちゃん!
そう思わず言ってしまいそうだったが、まだ理性はある。さらに、すかさず田中さんと松岡さんが割って入ってきてくれた。
「サイダー割がいいんちゃう?」
「うん、とにかく割ろう大月さん」
少しだけ、ほんの少しだけボーっと体か火照っているのが自分でも分かった。ひとさんが隣にいたら、間違いなく甘えて噛みついている状態だ。
『李っちゃん、それつくねですか?』
「うんミートボールみたいな味するぅぅ、ふっふっふっふ」
「李ぃも、きてるな」
凄く格好いい手捌きで、枝豆を口に運んでは皮をポイっとお皿に軽く投げ捨てている宮田さん。あかん、惚れるかもしれない・・・
「若い女の子、うちの部所に来て欲しいです」
「分かるわ」
今夜の久保さんは、腹をくくったように職場への不満を吐き捨てていた。
「女性の利用者さんが多い中で、いまうちにいる女子は私と松岡さんと大月さん。あとはヘルパーさんで回してるから、夜勤のシフトも計算に入れると正直回らないんです。体調も崩せないし。皆さんも同じだとは思うんですが・・・」
「俺も骨折して休んだ時に、俺が悪者みたいに扱われた」
「自業自得」「自業自得」
「自業自得」「自業自得」
皆、口を揃えた。
『スケボーして骨折したとか、勝手にやってろバカって感じです。松岡さん早く別れて下さい』
「うぉ、酔った大月さんのキツい責めも感じるわー」
『キモい』
「お前やっぱり刺されろ田中。なっ」
時折、田中さんの肩に腕を回す宮田さんを見ていると、二人が夫婦のようにも見えてくる。
姉さん女房と尻に引かれる田中の図。うん、これで行くべきだ。松岡さんは私に譲れ。
「で、田中おい。いつ話すんだよ」
「え?」
「お前、愚痴りにきたんじゃないだろうが」
え、そうなのか?
私と久保さんと李っちゃんの3人は、てっきり愚痴りに来たのかと思っていたので、一斉にきょとんとしている。
「キャラにもなく照れてんのか」
「いや、えーっと・・・」
気持ち悪い。こんな田中さんは見たことがなかった。
右手で後頭部をポリポリしながら、いやちょっと待って下さいよぉと言わんばかりに、宮田さんを見ながら妙に
照れとる。あの田中さんが照れとる。と言うことは・・・
私たち3人は目を見合わせ、そのまま視線を松岡さんへと流れるように移していった。
「よいしょ」
あれ・・・
『松岡さん、どうしたんですか?』
「ん? トイレだよ」
このタイミングでか? と皆の脳裏に浮かんだはずだ。
これから田中さんが言うことは、間違いなく二人に関わるおめでたいこと。勝手にそう想像が膨らんでしまっている。
まだ、そんなに飲んでいないはずだった。なのに少し、いつもの松岡さんと違う気がした。
心なしか
「松岡、烏龍茶しか飲んでないよね?」
宮田さんも気付いていた。
靴を履くのにも時間が掛かってるし、立ち上がりも歩き方も危なっかしい気がする。おかしい!
「あき?」
田中さんも声を掛けた。
「ん? 大丈夫だよ」
田中さんが違和感に気付き、席を立とうとしたその時。
松岡さんは私の視界の中で、膝から崩れるようにうつ伏せに倒れていった・・・
『松岡さん!』
間一髪、素早く反応した田中さんが、地面に倒れ込む前に抱き止めて声を掛ける。
「おい、あきっ! あきっ!」
田中さんのこんな声、聞いたことがなかった。
「久保っち、救急車!」
「はいっ!」
普段なら、こんなイレギュラーにも自然と体が動いているはずなのに足は動かず、涙だけが溢れ出して滝のように流れ落ちていく。
「あきっ! おい、あきっ!」
田中さんの声が響き渡る店内。
後ろから、李っちゃんが私の両腕をギュッと握り締めたまま、離さなかった・・・・・・
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