奏と田中と その5

「時給が上がってんのは確かだけど、質。質やばくない?」

『はがってまふぇん(上がってません)』

 クスクスと笑いながら、お酒ではなく水を差し出してくれる松岡さんは、スポーツ漫画のヒロインそのもの。

 彼女の問い掛けには全て一番に答えたくて、口一杯のアボカドサラダを味わう間もなく、一気に流し込んだ。

『私、ヘルパー対応手当が欲しいです!』

「わかる、それ」

 突然ボッと火が付いてしまった。

 なるべく話題に参加しないように振る舞っていたのは、話し出すと止まらなくなってしまうから。私もそれなりに溜まっている。

 動き出した口は、機関銃のように早口に発砲し続けた。

『利用者さんの様子とか仕事の段取りとか、前以て少しでも早く出勤してきて、調べておくとかしないんですよ。ちゃんと情報共有できるようにしてあるのにです。それですぐ電話で聞いてきて、態度は偉そうだし文句ばっかだし。こっちは疲れ果てて休みで寝てるのに早朝からですよ。こっちのプライベートなんかお構いなしなんです。そのうえ、あれじゃダメ、これじゃダメ。こっちは一人一人に合った対応をしてるのに固定観念だけで仕事して、説明したって聞き入れちゃくれないし、自分流で仕事したい人ばっかり。はっきり言うと使えない。偉そうですけど、そう言ってしまいそうです』

「ね、利用者さんたちより対応大変だよね」

 松岡さんが「ねっ」と相槌を打つ度に、軽く微笑んでしまう私を、宮田さんと久保さんは見逃さず、李っちゃんはスライムばりに口を大きく横に広げて、仲間になりたそうにこちらを見てきていた。

 可愛いから頭を撫でちゃおう・・・

『こないだ気になったんですけど、ヘルパーさんたち、松岡さんへの当たりきつくないですか?』

「うん実はね・・・」

『大丈夫なんですか!』

「おっ心配してくれるの大月さん」

「私もォ中国人がって感じのォ当たり強いです」

「なんか色々言われ過ぎて、どうでもよくなってくるよね。なんであんなに偉そうなんだろ」

 んっ・・・

 いつも私たち後輩の前では、精神的に落ち込んだ表情も態度も見せない松岡さんが、珍しく少し弱っているように見えた。気のせいだろうか。

「あの人たち、グループも出来てるよね」

『ヘルパーさん同士の仲も良くないんですよ、ねぇ?』

「ねぇ」「ねェ」

 ミニオンズの呼吸は益々ピッタリで、トイレに立つタイミングまでシンクロし始める仲の良さ。

 プラグスーツ姿の二人を想像すると鼻血が出るかもしれない。

「何、グループとか仲良くないって?」

『いや、いびりがあるみたいで』

「なんだそれ。ババアが集まって何やってんだ」

 こんな口の悪い宮田さんも、男勝りで人気なのである。

「やっぱいるで手当。歳と経験が無駄に上ってだけで威張り腐っとって。あそこまで言うなら責任を背負わせたらいいねん」

『現場に立つ以上、社員もヘルパーも関係ないと思うんです』

「ヘルパー対応手当か。実際は難しいんだろうな」

 まぁ当然と言えば当然だが、そんな手当は見たことも聞いたこともない。

 でも真剣に考えてくれる宮田さんだからこそ、皆こうして、田中さんまでもが集まって食卓を囲むんだろうなぁ。と、手に取ったグラスをグビッと飲み干した。

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