奏とカメムシと 後編 その3
積極的に自分の長所を武器にSNS活動しているひとさん。だからこそ、カラオケ動画と言えども凄いなと私は感じている。
なんでこんな人材を、事務所はもっと重宝しないんだろうかと頭にきていたりもする。
まず身内から虜にしていくこの役者は、公演の練習の度に、彼の芝居に心を打たれる俳優が多いことを私は目にしてきた。
演出家ですら目に涙を浮かべ「いや、そうじゃなくて、もっとこう・・・」と、さらに上を目指したくなり、熱い指導をしたくなる。
所属する劇団や事務所がもっと彼を理解してくれていたら、きっとこの人は、売れていた可能性だってあるんじゃないだろうか。
きっかけや出逢いも実力のうちだと、ひとさんはいつも自分を責めるけど、人生とは難しい。やりたいことを実現して成功して、それで生計を成り立たせていくのは本当に難しい。
そのことを一番理解しているのは、この人なんだよな・・・
『だいぶお腹一杯になってきましたよ』
「まさか茹でたカニが、丸々一匹ずつだとは思わなかったね」
『残したら悪いから全部食べます。ビールも美味いです』
「もなか対決も出来ないしね」
『もうしばらくはカニいらないよ』
「カニカマを焼いた、なんちゃって焼きガニしか普段は食べないんだから、ちゃんと食べときなさい」
『あれ美味しいから好きだよ・・・・・・あ、ひとさんさぁ、最近細かいこと気にしなくなったよね』
「気にしてるわ」
『アッハハ、どんなとこ?』
「そうだな・・・バター」
『バタア?』
「チューブ型のじゃ上手く食パンに塗れない、上手に焼けないって言って固形の使うでしょ」
『・・・はい』
すでに察したのか、日頃の所作がハッキリと脳裏に浮かび上がる奏。バタービールの泡は恥ずかしくて上唇に乗せない癖に、生ビールの泡を目一杯すぎるほど乗っけて悪い顔をしている。
「使い方が小学生だから、バターナイフも買ってきたのに、それでも君が使った後は、銀色の包装紙がベタベタになってるし、バター自体も、なんかグチャッってなってるし、どこまで不器用なのかと」
『てへへ』
「それから・・・」
『てへぺろ』
「洗い物してくれる度に、相変わらず水が切れない方向に伏せやがってコイツは! って、口に出さないだけで、ちゃんと思ってるよ」
『アッハハハハ』
「スプーンなんか全部に水溜まってるし、やかんや急須も、注ぎ口を下に向けたらドボドボって水が落ちてくるし、言わないだけで溜まってるんだよ」
『アッハハハハ』
「まぁバター問題は別として、家事に関しては、ありがとうって気持ちがあるから言わないだけなんだぞ」
『ご飯食べ終わって、洗い物と洗濯物を干す二手に分かれる時に、洗い物するよって言ってくれる意味は理解しております』
「バター、タッパーに移し代えるね。今度、探してみるよ。そしたら、気兼ねなく使えるしょ」
この人は、やっぱり優しいし、凄く私のことを考えて大切にしてくれている。
『うん、ありがと。実家にいるとね、ついつい癖で何もしないし、ご飯も作ってもらわなきゃ食べないしで、最近はダメ人間の烙印を押されております』
「お母さんは僕の味方だしね」
『こないだも、ひとさん直伝のうどん作ってあげたのにさ、ひとちゃんなら、もっと美味しく作るんだろうねって言うんだよ』
「っへへへへ、それはさすがに酷いかな」
『そうでしょ!』
「作って貰ったものに、違う人が作ったらもっと・・・ってのは最悪な感想だよ」
『そうなんだよ!』
「うちじゃ家事頑張ってくれてるのにね」
『水切れてないですけどね!』
「ッハハハ」
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