奏とカメムシと 前編 その3
早起きは三文の徳とは、よく言ったものだ。
眠い目を擦り、早起きして家を出た分、旅先で、ゆったりとした時間を過ごせる。さらには、お店がお客さんで溢れてしまうピークを迎える前に、入店も出来る。
付き合い始めた頃は、休みの日に早起きなんてぇと、ブーブー鼻を鳴らしていたけれど、さすがの奏も毎回納得の段取り。
未だにブーブー言うには言うけどね・・・
『私が案内します!』
城崎は、奏のリクエストだった。
空いた時間を見付けては、旅館にランチにスイーツにと調べ上げる。パソコンを睨みつけ、どこに宿泊しようか、どのお店が一番美味しそうかを厳選してくれた。
『携帯しまって!』
彼女は極度の方向音痴である。
信じて付いて来いと言われるがまま付いて行くと、駅を出る東口西口なんかは真逆へ出てしまう。無事に進むべき出口から脱出しても、向かう先へは、またも真逆に進んでしまう。
グングンと進軍していき、
『以前はここを歩いたんだよ』
『・・・あれ? 』
と、言い出すまでに5分以上を要する前科持ち。
ただ、これも楽しみのひとつだったりして、そんな奏を待っている僕がいる。
でも正解ルートは、自分で探しておく。
『私が案内する連れて行くって言ったのに、また先にグーグルマップ見とる』
「最近、アプリも100%信用できないけどね」
『ワタシ、シンヨウサレテナイアル』
「うん、また迷うなって自分でも自覚あるでしょ?」
『どーせ、グーグルマップも未だに使いこなせませんよ!』
「教えたのに」
『私の頭の中はレトロですからね!』
「アナログな」
『おい!ココアシガレット吸うぞ!』
「うん、いくら吸ってもいいよ」
「ぐれるぞっ!」
まずは腹ごしらえだ。
漁港から水揚げされたばかりの新鮮な魚介類を取り扱う、1階の鮮魚店。それらを2階でいただけるお食事処。駅前店もあるそうだが、やはり本店でしょう。という訳で足早に向かう。
駅を出てすぐの駅通りには、但馬牛丼、エビフライカレーと目移りするラインナップが立ち並ぶ。特にエビフライカレーは、特大極太なエビが突き刺さるように2本もお皿に乗ってくる。
浮気しそうな僕の心を、奏が腕を引っ張り阻止しながら直進すること数分。
2階へ続く階段が路地に面していて、お店を見つけるのは容易だった。
階段を見上げると、すでにお客さんの列が出来ていたが、階段で記念撮影をしながら、会話を楽しんでいる間に入店できちゃうこの喜び。
二人のお目当ては海鮮丼。イカ、甘エビ、サーモン、イクラにウニ。他にも脂がのった白身のお魚なんかが6種類も乗っている。
賑わう店内に、奏好みのイケオジさんが注文を取りに来てくれるもんだから、自然とテンションは跳ね上がる。
『かっこいい・・・』
「あの人がいるってだけで、お客さん呼べるね」
待ちに待った海鮮丼が目の前に運ばれてくると、盛りに盛られた魚介類の色艶、潮の香り、そしてこのボリュームに生唾を飲む。
さらに二人が驚いたのは、二人揃って幾度となく回転寿司屋さんでチャレンジしては、その独特の臭みと感触にギブアップしてきた海の幸、ウニ。
今日は食べるしかない。いや、食べたくなるテンションに流されるがまま、一口。
グルメアニメで表現されるようなキラキラに覆われて、ウフフ顔で回転しながら昇天してしまう美味しさが奏を襲う。
これは本当にウニなのか!
新鮮なウニというやつは、こんなにも美味しいのか!
私が今まで口にしてきたウニはなんだったんだ!
奏の表情が、そう語っていた。
僕も、その臭みから苦手としていたが、これは癖になるほど美味しかった。単品で頼んでもいいほどだ。
『海の幸は、本場で食べるに限るね!』
「海の幸は、本場で食べるに限るね!」
タイミング、リズム、イントネーション。視線を合わせた訳でもなく、何もかもピッタリと呼吸が合う二人。
明日のランチ予定は決まっていたのだが、変更してでも再び海鮮丼を食べにくると、大満足でお店を後にしたのだった。
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