奏とカメムシと 前編 その2

 二日目の朝。

 僕の脇腹に、ピトッとくっついて眠っている奏。

 かなり早い気はしたけど、羽毛布団を出しておいて正解。朝晩はさすがに冷え込むようになってきた。



 昨日より早い時間に家を出て、同じく電車を乗り換える為に、隣駅で降りた二人。両手が、パーカーのポケットに手招きされるがまま吸い込まれていく。

「特急列車に乗るのなんて久し振りかな」

『あ、そう言えばね。一昨日の夜勤明けにさ、駅で中国系かな外国の人に電車を聞かれちゃってさ』

「お、得意の英語力を発揮しましたか」

『あのねぇ、もうさっぱり聞き取れなくて、向こうも、やばい奴に聞いちゃったぜって顔をしてたんだ。でも観光マップみたいなの持っててね、ここって指を差してくれてたの。だからホームだけは分かって、服を引っ張って、あっちあっちって連れて行ってあげたんだよ』

「お、良いことしたね」

『そうでしょ? で、案内し終えてね元のホームに戻ったら、丁度正面にその人達がいたからさ、頭の上で、こう腕で丸作ってさ、おーけーおーけーってやったら、向こうも同じように、おーけーおーけーってめちゃくちゃ笑顔で返してくれてさ』

「っはは・・・奏らしいね」

『そうでしょ』

「でも良いことしたね」

『うん気持ち良かったよ。やっぱり困ってる人の為に何か出来るっていいね』

「うん、本当それ」

 平日の朝7時。通勤をする人々が、向かい側のホームで長蛇の列を作っていく。

 そんな中、ガラッとしたこちらのホームでは、奏劇場の看板娘から飛び出す面白トークと、たった一人の観客の笑い声が響いていた。

 こうのとり1号に揺られて目指す先は、城崎温泉。

 車窓から見える景色は、夏場よりも弱まった日差しを受け、これからやってくる本格的な紅葉シーズンに向けて足踏みを始めている。

 時間の経過と共に移り変わり、観る者を飽きさせず楽しませてくれる風景。

 奏は、この魔法のような一枚の絵画に、日頃の疲れで凝り固まった身体を癒してもらい、じゃがりこを頬張りながら脳を再起動させる。

 車内に視線を戻して耳を傾けると、たまたま同じ車両に乗り合わせた人たちの話声。

 奏にとっては、これも楽しみのひとつ。様々な人間ドラマ。想像力を掻き立てる。

 心なしか、ピッタリと両膝を付けて動かないでいる膝下部分も、ウキウキとリズムに乗っているように見えた。

 いつか本当に、二人で遠くまで列車旅をしてみたい。出逢っていなければ、こんな感情も芽生えなかったかな。

『あうっ!』

「ん? どした?」

『刺さった』

「何が?」

『じゃがりこ』

「嘘だよ、じゃがりこが刺さるの?」

『ほら下顎んとこ』

「あぁあぁ、血が出てきてるわ。本格的にゾンビやん」

『痛い・・・』

 じゃがりこを上手に食べられない奏と共に、いざ日本海は城崎へ!

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