奏とスフィンクスと その3
ブオオオオオ。
髪の毛を乾かしていると、ひとさんの言葉がふと浮かんだ。
「ちゃんと乾かせ、びしょびしょやん」
いつもそう言って怒られるけど、私はこれでいいのだよ。確かに濡れてるけど、ちゃんと乾かしてるつもりなのだ。
リビングに戻ると、ベッドの上にポンッと分かりやすく小包が置かれていた。
全く気付いてなかった。しかも私宛。
なんだっけ・・・
開けてみると、そこには赤色のスマホケースが入っていた。
数日前、一緒にあれやこれやと絞り込み、最終的にひとさんが選んでくれたやつだ。
早速、商品より何倍も大きめの段ボールから取り出し、包装を破る。
もうボロボロになってしまった携帯ケース。何年愛用してたかなぁ、本当にボロボロ。
お世話になりました、ありがとね。
携帯本体を収める箇所が、硬めのシリコンみたいになっている。パチンと磁石でくっつく留め具的なとこがないけど、パカパカ開けるタイプのケース。ふふん、いいかも。
洗濯機を回し、何か少しだけでも口に入れたくて、冷蔵庫からハヤシライスを取り出した。
ドラクエに、冷蔵庫を漁るシステムがあれば面白いのに。やくそう出てきたら笑うけど。
あ、冷蔵庫ないか。にへへ。
ひとさんが作ってくれる、玉子がふわふわデミグラスオムライスが食べたい。あれ絶品なのです。
私の中では、リピート率が高くたって構わない料理が沢山あって、それだけを永遠と毎週作ってくれたって幸せ。
それなのに、ひとさんはどんどん見たことない食べたことない料理を披露してくれる。
「うわっ! 今日ハズレだ。ごめんね無理して食べなくていいよ」
彼がショックを受けて嘆く料理すら、私には美味しくてたまらない。そして私のレパートリーは両手で数えられる程度。むしろ指が余ってしまいます。
じゃじゃーーーん。
あ、この時の「じゃじゃーーーん」は、2回目の「じゃ」にイントネーションがあって、跳ね上がる明るいやつではない。イントネーションは頭の「じゃ」そこから一気に暗くなっていく悲壮感漂う「じゃじゃーーーん」です。
身体の周りに、縦線が沢山降りてくる感じですかな。
とは言っても、職場ではちゃんと料理してるんですよ。家にいると面倒になっちゃうだけ。
ん?
・・・なんか私、元気になってきたかも?
薬が効いてきたのかな・・・・・・
いや油断大敵。食べたらベッドで安静にしてよ。
ガチャ、ガチャ
奏が夜勤明けの時は「ただいま」を言わず、静かに帰ることにしている。
鍵を靴箱の定位置にスッと置き、靴を脱ぐ時も、なるべく音を立てないように気を配る。
そーっとリビングへの扉を開けると、奏はベッドにうずくまっていた。
『おかえりなさい』
「ただいま。スフィンクススタイルか。重症?」
『お尻が殺人事件。血の塊が剥がれてきてる感じが痛い。ご飯ごめんね』
「ううん、大丈夫」
スフィンクススタイル。
文字通り、エジプトのピラミッドと共に有名なあのスフィンクス。あれと全く同じポーズでうずくまる奏。
生理痛の時は、決まってこの体勢を取るが、試行錯誤した結果、これが一番お腹が落ち着くんだそうだ。
買い物袋から、先ずはレディーボーデンのチョコレート味を冷凍庫に入れ、次に玉子、ホウレンソウ、マグロのたたきを取り出し冷蔵庫へ。ハヤシライスを入れたお皿はなくなっていた。
「ハヤシ食べれた?」
『うん、ありがと。買い物してきたの?』
「うん駅降りてねぇ、その足で行ってきた」
『撮影終わるの早かったね。どうだった?』
「早朝から出番1シーンだけだったから、あっという間に解散。芝居したい」
そう言って袋から焼きプリンを取り出し「食べる?」と奏の元へ持って行く。
見て欲しくてわざとパカパカしていたであろうスマホケースは、実際、奏が持つと垢抜けてとても似合っていた。
『うへへ、気に入った』
「最近、原色が様になってるよ」
『そうでしょ』
「シャワー浴びてくるね、髪の毛固められたから気持ち悪くて」
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