奏とスフィンクスと その4

 ひとさんがキャップを脱ぐと、今日もヘアメイクさんに褒められたであろう昭和顔に、綺麗に七三分けで固められた髪型が、とても良く似合っていた。

 彼が帰ってくる直前まで、なんとなく見ていたLINEでのやり取り。時折、私たち二人の会話を振り返ったりするのが、私は好きだ。

 一旦、携帯を置き、スフィンクススタイルのまま、受け取った焼きプリンの蓋を開ける。

「洗濯機これどうすんのー」

『あ、あと干すだけ。ごめんなさいやっとく』

「いいよ。あとで干してあげるから、ゆっくりしてな」

 そう言われて甘えない手はない。

 私の体調が少しでも悪いと察してくれた時は、普段以上に何でもしてくれる。それに甘える私も私だけど、彼に根付いている性格みたいなものだから、体が自然と動くみたい。だから甘えるべし。

 携帯画面に視線を戻すと、一枚のネタ写真が貼り付けてあった。

 無精髭を生やし、頭ボサボサの寝起き顔に眼鏡をかけて、洗面所で歯磨きをしている。

「上田先生っぽく。おはよ~山田」

『上田!』

『でも上田はきっと、おはようとは言わないね』

「なんだYouか」

『なんだとはなんだ』

『笑』

 仲間由紀恵さんの出演作品が好きな私は、中でも阿部寛さんと共演した「トリック」が大好きだった。寝癖が丁度いい感じに爆発していて、眼鏡まで掛けて納得のクオリティ。

 朝からトリックネタをぶち込んでくるとはね。私のツボを心得ておるなぁ。

 おっ、これは実家に帰ってた時のか・・・

『ねぇひとさん。こっちにでっかい急須があるんだよ。この急須と湯呑、そっちに郵送していいかしら? 置くとこないかな?』

「場所なら作ればいいだけだから、大丈夫だよ」

『いっぱい緑茶が飲める!』

『私用の湯呑、男の修行って書いてあるやつだからね!』

「それが僕のじゃないのか(笑)」

「あ、昨日ねぇ、本棚もどうしようか考えてたんだ。置くとこなくなってきたでしょ」

『あっ! 地底旅行っていう本を読み終わったとこだよ。面白かった』

「人間が襲われそうなタイトルだ」

『襲われないやつなのだ。ジュール・ヴェルヌって人が書いた100年くらい前の本なんだって』

『あのねドイツのね教授と教授の甥がね、ある古文書を見付けてね冒険に出る話なの!』

「ん? スイッチ入った?」

『出てくる語句とかは難しいけどね面白いだよ』

「ほぅ。タイトル的には興味あるけど、語句が難しいとなると僕は読むの苦手だからダメだよ」

『児童文学書らしくてね、子供向けに書き直されてたりするんじゃないかとは思うけどねぇ。また持って帰ってあげるよ。主人公は甥っ子なんだけど、その叔父の教授のキャラがとんでもねぇやつだから』

「完璧にスイッチ入っとる」

『あ。昨日の朝に作ってくれた、たらこ玉子うどんの味付けを教えて下され。話したら食べてみたいってお母さんが。だから作ったげようと思うのだよ』

「あいよ~」

『よろしくお願いします』

「あ、僕も大月さんお手製のカレーが食べたくなってさ。お腹減った」

『おっ!』

「少しだけ辛めだと嬉しい」

『考え中・・・』

『残念!ブッブー』

『中辛と甘口の折衷案です。そして・・・』

『チョコレートイン』

「めっちゃ甘いやん」

『じゃ紹興酒入れます!』

「くそ不味い」

『もちろんフタも(笑)』

「大泉さん!」

 ふふ。

「なぁに見て、にやついとんねん」

『内緒だ』

 あっという間に、シャワーを済ませて出てきたひとさん。私たちのやり取りだから、別に見られてまずいものじゃないけど、とっさに携帯を閉じてしまう私。

「閉じる時いい音鳴るね」

 目の前にいるのは、腰にバスタオルを巻いてるお風呂上りのお父さん。

 年頃の娘がいたらキモい!って言われるんだろうな。この人も私のこと言えないじゃないか、若年寄め。

 でも、濡れた髪の毛が少しワイルドで、ボディーソープの匂いがする腕は噛んでいて気分がいい。

 装備がバスタオルだけというのは頂けないが、私しか見ることが許されない白い塗装の専用機。

 本人は絞り切れていないと言うけど丁度いい感じの細マッチョ。ムキムキではないけれど、それなりに割れてる腹筋。多少お肉があるくらいがリアルで好い。

「気持ち悪いの取れた?」

「うん。テレビ見る余裕もないくらい重症?」

『ん~、ちょっとある』

「なんか見るか、紛れるかもだし」

 ひとさんのDVDコレクション。あの中には、私が知らなかった素晴らしい作品との出会いが沢山あった。

 だがそれは、ほんの一握りだと言う。実家には、まだまだコレクションがあるそうだ。見てみたいなぁ。

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