奏と恐怖の一滴と その2

 腰を下ろした時の『よいしょ!』はトーンも軽く明るかった。顔色も良好。だが、間違いなくアディショナルタイムに突入しそうだ。

 パピコを一口噛り終えたら、間違いなく本日の鬱憤が溢れだす。


 この試合の勝者が、ワールドカップへの最終切符を手にする。絶対に負けられない戦いがそこにはある。

 サポーターの熱がスタジアムの気温を上げ、ピッチレポーターは汗を拭い、熱が入る実況アナウンサーと、そのさらに上をいく解説陣。

 両者どちらも得点を決め切れずに拮抗した90分を戦い続け、今も尚、選手たちの駆け引きは続いている。

 アディショナルタイムは残り僅か。

 ここで、途中交代で入ったストライカー、カーナデに1本の縦パスが通った。


『今度ね、新プロジェクトの実行委員に選ばれたんだよ。職場から手当も付くんだよ凄いでしょ? やってもいいでしょ? って、実はもう二つ返事でOKしてきちゃったけどね。あ、でも田中さんも付いてきたんだよねぇ。そしたらあの野郎、早速全部丸投げしてきやがってさぁ。酷いでしょ? 忙しいって何が忙しいんじゃ会議にも出てこない癖にだよ。なんであの人が選ばれるんだよ、ギリギリまでバタバタさせられるだけだよ絶対!』


「いやぁ、カーナデよく体を入れましたねぇ」

「パスがね、左サイドに反れちゃいましたけど、よく頑張ったー」

「さぁ、フリーキック。この1本ですよ」

「ここですよ、ここ!」

 相手チームの監督は、凄まじい表情でベンチを飛び出し、

「今のはファールじゃないだろっ!」

 と、副審に詰め寄っていた。


『こないだも旅行プロジェクトの件でね、皆に渡すしおりだとかルートだとかさ、アイデア出してくれって言われたからLINEしたんだよ。なのに今日まで既読スルーのまんまだよ。んでこっちから口火を切って聞いたら、あぁあれ却下だわ。だって。腹立つ田中っ!』


「ここ集中していきたいですねぇ」

「チャンスですよ」

 ピーー!

 主審の笛が鳴り、キッカーがゴール前へ、ボールを上げてくる。

 細かくポジションを奪い合う選手たち。頭、肩、肘、拳、腰、膝、体の使える部位全てで、押し合いぶつけ合い潰し合う激しいフィジカルの攻防戦。

「うあああしっ!」

「いいボールがきたぁ!」

 体が宙を舞い、汗はしぶきとなって照明に照らされ輝き飛び散る。

 綺麗な弧を描いたボールは、ディフェンスに当たり、ふわっとゴール前にこぼれた。

「カーナデぇぇぇぇぇぇ!」


『松岡さんに全部チクってやるんだ。ざまあみろ田中っ!!!』

「・・・ゴール決まった?」

『ん?』

 パピコは、ベコンベコンになっていた。

 ここから奏が、ようやく『よいしょっ』と、重いお尻を上げてシャワーを浴びる。

 体重計を回して出てきて、一緒に食卓に着けるのが23時を軽く回ったあたり。

 1時、遅くても2時頃に、お互い寝なくちゃいけない計算なので、当然、連日カロリーオフな食事を考えなければいけないわけだ。

 なんですか?

 セブンイレブンで購入したデザートはって?

 もちろん食べますよ。セブンイレブンのデザートは、カロリー0ですからね。

 食後すぐのデザートは「間食にならないので問題ありません」とテレビで栄養士さんが仰ってましたよ。

 もう痩せたいんだか太りたいんだか、何が何だか分からない。

 けれど夕食の時間は、お互い働いて帰ってきて、就寝までの限られた少ない時間の中、二人で過ごす大切な時間。

 いくら遅い時間になっても、独りで食べるよりも、一緒にテーブルを囲む相手がいる温かさを知っている。

 だから毎晩、二人で一緒に食べる。

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