奏と恐怖の一滴と

 毎晩、20時を回った頃から晩御飯の下ごしらえに入り、奏から『帰るよー』とLINEが飛んでくるのが早くて9時。遅いと9時30分を過ぎたあたり。それを合図に、炊飯器の早炊きボタンをポチッとする。

 その後も

『帰ったら引継ぎの電話していい?』

『最近入った大学生アルバイトに、先輩風を吹かしていたんですの』

『バタバタしてねぇバタバタしとったんよ~』

 などと、ちょろちょろ連絡が送られてくるので、手を洗っては返事の無限ループを繰り返しているうちに、台所に掛けてあるタオルはもうビショビショになる。

 なんとか下ごしらえを終わらせ、乗換案内アプリで調べた時間に間に合うように家を出て、頭の煙突からプシューっと煙を吐く機関車カーナデをお出迎え。

「ピンコーン! チャージして下さい」

『ハゥ!』

 お、今日もやってるな。笑。

「お疲れさん」

『うす。今日は軽いよ』

 自然な流れでリュックをバトンタッチ。機嫌上々な時の奏は、改札を出てすぐ隣にあるセブンイレブンへ立ち寄る。

『あのバケツみたいにでっかいプリン。あれにもう会えないのが寂しいね』

 と口癖のように二人で呟き、スイーツコーナーとアイスコーナーを二往復。ここはいつも奏の奢りなので、心置きなく食べたいものをチョイスするのが礼儀。

 森永製菓のラムレーズンサンドに会いたい。だけどもう見かけない。

『六花亭のマルセイバターサンド好きなら、たまらん美味しさなのですよ』

奏ならこう言うに違いない。

 コンビニ袋をぶら下げて、路上を歩く二人。

 何気なく歩きながらヘッドライトが視界に入ると、そっと肩を抱き、車道側と路肩側を入れ替わる。

 こんなことするやつ本当にいるのか? と疑ってしまうが、迎えにきてくれたこの紳士と、家路を歩くこの時間が、奏は大好きだった。

 いつもカラオケで賑わう楽しそうな居酒屋さん。その暖簾前を通る度に、

『ジャックしますか!』

 と、嬉しそうに腕を引っ張るけれど、

「歌うのって僕なんだよね?」

『もちろん!』

「リクエストございますか?」

『時の流れに身をまかせ!』

「名曲!」

 朝7時に食パンを1枚食べたきり、水分以外何も口にしていない僕のお腹は、限界に達していた。

 奏自身も、現場に入ると多忙な仕事に追われ、水を飲む時間すらないので、当然お腹を空かせている。

 だが、機嫌が良過ぎるのも困ったもの。

 帰宅して手洗いうがいを済ませた奏は、リュックの中身を整理もせず、とりあえず水分が欲しいと冷凍庫をガサゴソ。

「シャワーは?」

『ん? ひとさん、こっちきて』

 パピコのチョココーヒー味を取り出すと、そのままベッドに勢いよくお尻を落とす。

 夕方、何かお腹に入れておけばよかったな・・・

 後悔しても、もう遅い。

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