奏と進撃の責任感と

 奏が仕事で愛用している腕時計。数日前、そのバンド部分がちぎれて使えなくなった。

 家から片道徒歩20数分。コーナンまでの道のりを一緒に散歩。関西を中心に展開するこのホームセンターには、ちょくちょくお世話になる。

 途中、綺麗に咲いている花に足を止め、携帯で撮影する奏。信号無視する僕の服を引っ張って怒り出す奏。その何度目かの時「今だ渡るぞ!」の一声に釣られて、勢いで付いて来て共犯者扱い。何も言い返せなくなった奏。

 怒っていたけど、すぐさま大好きな猫にも出会えて、機嫌は回復した。

 横を通りかかった公園で、仲良く3人で野球をしている兄弟っぽい男の子たち。ピッチャーにバッター。もう一人は、守備には回らずネクストバッターズサークル。

 少しぽっちゃりした体格の良い少年がボールを投げる。


 バンッ!


 プラスチック製のバットに当たったボールは、見事に左中間へ転がり、打った男の子が満足気に喜んでいた。

 なんて和やかな雰囲気なんだろう。

 すると、自慢の速球を打たれたぽっちゃり君が口を開く。

「あそこに飛んだら全部アウトやから俺の勝ちぃ」

 僕たちは顔を見合わせて噴き出した。

『アハハハハハ』

 俺がルールブックだ! と負け惜しみで急遽ルールを付け足したジャイアン少年。二人ともお腹を抱えて笑いが止まらなかった。

 もうどこにヒットを打ったって全部アウトじゃねぇか。

 そんな凝縮された楽しい20数分は、あっという間に終わり、額に軽く汗を掻きながら、目的地のコーナンに到着した。

 お目当ての腕時計コーナーには、紳士用の地味でパッとしない商品が顔を揃える。女性向きのデザインも陳列されていたが、明らかに20代の女性が好んで選ぶようなものはなかった。

 有名なスポーツウォッチに似せた感じの時計は、それなりにお高い。それ以外は、時計として使えれば十分ですよ、といったものばかり。

 少しでもベルトが細身で、女性向きなものを選んであげたくなる。

 しかし、可愛らしいのを推し勧められても、仕事で使う腕時計だけは私の感覚を曲げたくない。ダサいと言われても、安くて使い心地の良い腕時計であれば満足。

『仕事用だもん』

 地味で目立たず仕事向き。見た目が可愛くて、オシャレに見える女性向きな二千円近くする腕時計よりも、黒一色でデザインも落ち着いていて嵩張かさばらないこの一本。

 電気屋さんでもなく、可愛らしい雑貨屋さんでもなく、スポーツ用品店でもアマゾンでもない。コーナン。メイドイン・コーナン。

 これこそが奏流の真骨頂である。

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