奏と勇者と時々ゾンビと その3

 いつ頃くらいからだろうか・・・

 一緒にいて口寂しくなった時に、奏は僕の腕をハムッと噛むようになった。


『ハムハムハムハム』


 前腕屈筋群。前腕伸筋群。上腕二頭筋。さらに上ってきて首筋などがメインの食事。

 噛み出した当初は唇で甘噛みだったが、最近は完全に歯を立てて喰ってくるし、痛みを感じるほど筋肉をもろにくわえる時もある。

『私が噛みつくくらい心を開いた人は、今までいなかったんだぞ』

 そう自信満々に言うけれど、そのうち本当に食べられるんじゃないだろうかって、たまに背筋がゾクッとするほどの恐怖を、感じるようになってきている。

 ただ、慣れとは恐ろしいもので、最近はスッと腕を差し出してあげるようになってしまった。

『いやぁこのね、血管が浮き出てるところ。たまりませんなぁ』

 稀に噛み痕が赤くミミズ腫れのようになっていて、それを見せると、

『アハハハハッ! アハハハハッ!』

 と、涙を流しながら本気で笑い出す。

『もし私がゾンビになった時は、真っ先に美味しくいただいてあげますからね』

 そう言う奏の頭を、僕は撃ち抜けるのだろうか。

『クンクン、クンクン』

「臭いを嗅ぐなっ」

『加齢臭しないよ、いい匂いだもん。フンフン、フンフン』

「脇だそこは! 変態っ!」

『合法です』

「認めてません!」

『二の腕のとこがね美味しいんですよ。ハァムッ』

 撃ち抜ける自信はない・・・

「ほら、持ってって」

『あじゃます!』

 機嫌よくお礼を告げ、淹れたてをリビングに運んでくれる後姿。

 1Kの部屋。ここに奏を押し込んで過ごす二人暮らしに、申し訳なさで一杯にもなるけど『今のままで幸せだ』と言ってくれる後姿。

 今の僕には、足りないものが多すぎる。我慢させてること、遠慮させてること、気遣いさせ過ぎていること。

 自分に欠けている部分を理解できているからこそ、頑張らなきゃとはなるけれど、奏の優しさに甘んじてしまっている自分もいる・・・

 帰ってきてからずっと騒がしかったけれど、こんな幸せがずっと続いて欲しいし、欲を言えば、1つ上の幸せを一緒に見てみたい・・・

『ねぇゲームしよ、ゲーム!』

「今夜は熱いね」

『うん! なんか燃えとる!』

「なにすんの? スマブラ? マリカー?」

『マリカー大会!』

 そう言うだけ言ってベッドに腰を掛けると、楽しみだなぁと少し足をバタつかせながら、笑みを浮かべてコーヒーをすする。準備は僕の仕事。

 くびれのない足首が目に入ったから、イジってやりたいところだけど、今は、この笑顔を崩したくないから自制しよう。

『今日は本気を見せてやりますよ』

「あなたはいつだって本気でしょうが」

『ああ?』

「ああっ!?」

 今夜は、荒れそうだなぁ・・・

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