奏と勇者と時々ゾンビと その2

 さて、どうしたものか・・・

 掌を軽く奏に向けるだけで、ピョンピョン跳ねながらリズムの悪いパンチが、何発も飛んでくる。

 普段より5時間近く早目に帰宅してきたとはいえ、今夜の奏には、勢いがあった。

 内臓されているバッテリーを、新品と入れ替えた記憶はない。職場で嫌なことがあって、語りたい共感してもらいたいモードに入っている訳でもなさそうだが、とにかくよく喋るし、よく動く・・・

 約1分ほどのシャドーボクシングで、集中的に掻いた汗をシャワーで洗い流し、いつも通り洗面所から聞こえてくる、体重計の針が回る音。

 頭にタオルを乗せたまま出てきて、冷蔵庫から取り出したほろよいの白ぶどう。

『アルコール3%で酔ってやるぜぃ』

 と、ハイテンションは洗い流してこなかったようだ。

『電車でね、凄いマナーの悪い座り方してる人がいてさぁ』

「股関節めちゃくちゃ開いてる人?」

『ううん、真ん中の通路側に足をデーーーンて出してるオヤジ』

「あぁ、たまにいるね」

『よろめいたふりして、あらっ! ごめんなさぁい! って踏んづけてやろうかと思った』

 凄く悪っそうな人相で、でも楽しくて仕方ないって表情をしている奏。

 テーブルの上に準備された大好物「無限コロコロじゃがいも」にサッと手を伸ばし、やっぱり天才だね! っと舌鼓を打つ。

 よいしょ! っとソファー代わりのベッドに腰掛け、今夜はお箸も機関銃も止まる気配がない。

『それでね、お昼に入ったコメダでね』

「うん何?」

 こりゃ長くなるな・・・

『好きな人と仲良くなったらさぁ、共感しあえるポイントをたくさん探して、私たち気が合うねぇとか感情が盛り上がるでしょ?』

「うん・・・」

『あれ嫌なんだよ。んであとから、こーゆうとこ嫌い、あーゆうとこ嫌いって言いだして別れていくでしょ? 人間は、ひとりひとり性格も生きてきた環境も違うんだから、最初から共通点が少なかったり向いてる方向が違うほうが自然じゃない?』

「いいこと言ってる気はする」

『そうでしょ。たまに共感しあえたりしたその時に、見つけたラッキーって盛り上がるの。そのくらいのほうが楽だよ』

「水曜どうでしょうで、ミスターも同じこと言ってたな」

『そうでしょ』

 いい笑顔だ。どうやら、大好きなシロノワールを頬張りながら、隣の席で盛り上がっている男女を、観察していたらしい。

 普段なら『まぁまぁ』とおばちゃんスイッチがオンになって、

『若いっていいわねぇ』

「おめぇもまだ若いじゃねぇか」

 と、お決まりの漫才が始まるところだけど、奏のこうした持論が聞けるのは、非常に珍しい。

 勇者かなで様は、御用意した晩餐をペロリとたいらげ、最近どハマり中の国会中継モノマネを駆使して、僕を洗い物担当大臣に任命した。

『洗い物担当大臣!』

「ハッ!」

 当の本人は、ピーッピーッと工程終了を告げた洗面所へ向かい、洗濯物をハンガーに掛けてくれている。

 小物をたくさん干せる洗濯ハンガー。僕ならば、パンツやブラジャー類の下着を中側に吊るして、目隠し代わりに靴下なんかを外周に干す。

 しかしこの勇者様は、そんなのお構いなしで無造作にやってのける。我が家は時々、男女が入れ替わってるんじゃないかと感じる。まぁ主夫やってんの好きだけどね。

 ハンカチを最後に吊るし終えたところで『あっ、ねぇ』と思い出したように、仕事用リュックをゴソゴソと嬉しそうにまさぐる。

 取り出したのはリップだった。

『じゃじゃ~ん』

「ん? 何それ?」

『色付きリップだよ』

「ほぅ、珍しい」

『奏ねぇねは、もっとお化粧したり綺麗にしなきゃダメ! って言われたからね』

「また6歳児に言われたんか」

『奏ねぇねは、肌もモチモチしてるし、何もしなくても綺麗だからいいんです! って言い返してやった』

 結婚をして、二人の子を持つ姉の家に遊びに行っては、小学一年生の少しおませな姪っ子に、度々ファッションや美容について、指摘を受けて帰ってくる26歳女子、勇者かなで。

 先日も「眉毛を描かないんだったら、せめて口紅くらい塗りなさい」と言われたらしく、しかしもうそんな姪っ子が可愛くて可愛くて仕方がない御様子。

 僕が身の周りについて何を言っても耳を貸さないのに、6歳児との言い争いは、心に刺さるようだ。

 滅多に使わない口紅を買うよりも、普段使いできるリップクリーム。

『6歳児にはリップだとは見抜けまい。これで唇はいつも潤ってトゥルントゥルンですよ。しかも紅を引いたようなそれでいて控えめな色彩。どうよ私の買い物。賢くない?』

 そう無言で訴えてくる自信に満ちたこの表情。

 紅って・・・思わず微笑んでしまった。

 リップの色だとか形だとか以前に、急に姪っ子の話がしたくてたまらなくなった、叔母ちゃんの熱い話。

 ひと通り聞いてあげて、食後のコーヒーを淹れる準備をしていると、気配を殺さず、だがそっと近づき攻撃を仕掛けてくる自称勇者。

 酔いも良い感じに回って、上機嫌で噛みついてくる。

 こいつはもうロトの血を引くどころか、勇者でもなんでもないです。

 当はエビルアップルなんじゃないか?

 仲間になりたそうにこちらを見ていても、仲間にしてやるものかよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る