鉄拳流天

「人間って、熊殴れるんだ…」

阿武花憐（あんのかれん）は、その程良いサイズの胸に挟まれ少々息苦しそうなイオネスク・サラを抱いたまま、熊男からマウント取ってボコボコにしているコートの男…ちょっと楽しげなスオウの姿に目を見開き、口をあんぐりと開けた。気が付けば雨が上がりつつある。

「ギッ、ガッ、ガアッ！」

もう再生が追い付かない勢いで殴られまくる熊男の脳内で、新たにモザイクが掛かった文字の様なものが表示され全身の力が爆発的に強化、熊男は力任せに腕を振りスオウを跳ね飛ばす…が、スオウはくるりとその腕に絡み付き、熊男の首に足を掛けて股を締め、熊男の太い腕を抱え、全身の力で引いて肘を極める。　　　

「ギアアッ！！」

綺麗に極った腕拉ぎ十字固めの激痛に、血と涎を撒き散らしながら全力で腕を引く熊男。しかし、その動きに合わせてスオウは再び熊男の上になり、その太い首に足を巻き付けクラッチ。滑らかに前三角絞めに移行する。

「ふっ！」

「ガッ！」

鋭く息を吐くスオウの脳内でもモザイクが掛かった文字の様なものが表示され、確実に数倍化した筋力で熊男の頭蓋骨と頸骨が軋む勢いで絞め上げる。

そして、そのスオウの脚力に対抗し熊男の上半身の筋肉が、猛獣どころか工作機械じみた力で絞めを外そうと膨れ上がる。間に金属を挟めばたちまち潰れる程の力と力のぶつかり合いに、スオウは思わず声を上げる。

「ははっ！これがスキルか…！」

遠い昔、此処ではない何処かで修得した格闘技術はそのままに、脳内に奇妙なモザイクが表示されると共に倍化する力と速さ。

強い。圧倒的に強い。自分も、この絞めを外そうと足掻く熊男も桁違いに強い。肉体から発する力と熱が突風の様に荒れ狂い、互いの濡れた肉体から血と汗と雨水が激しく蒸発し、蒸気機関の様に湯気が上がる。

「ギギギ…ッ！ガッ！？」

自分の股の間で、絞めから脱出しようと力みまくってギリギリと歯を食いしばる熊面（くまづら）に、スオウは再びパウンドを落とし始める。

熊男が前三角絞めに挟まれていない方の腕を振ってパウンドを防ごうとするも、ナイフの様な爪は空振るばかりで、熊面が文字通り平らになる勢いで殴られまくる。

ゴン、ゴン、ガンと鈍い打撃音が辺りに響き、絞めと打撃の相乗効果で急速に意識が遠退き始めた熊男だが、文字通り死力を振り絞ってスオウをぶら下げたまま立ち上がり、高々とスオウを抱え上げるや、コンクリートが敷かれた地面に、爆発的な勢いで叩き付ける。パワーボム！

「ゴアッ！」

「ぐっはっ！」

咄嗟に受け身を取るスオウ。その背を中心に、コンクリートで舗装された波止場が冗談の様にひび割れ辺りが揺れる。花憐はその震動で後ずさった拍子に胸に抱いたサラごと尻餅をつき、水溜りでお尻が濡れてうぇっとなった。なおサラは無の境地である。

一方、受け身で頭部と脊椎を守るも、途轍もない衝撃に意識が飛びかけたスオウだが、そのまま絞めを解いて両手を付き、逆立ちになって両足で熊男の顎を蹴り上げる。

「うるぁっ！」

「ゴッ！？グアアッ…！！！」

強烈ではあるものの、それは間合いを取る為の蹴りであり熊男は２歩よろける程度で耐え、一方後転して充分に間合いを離し立ち上がったスオウは、構えながら大きく息を吸い、背中と肋骨に走る痛みに顔を顰める。

「流石に、再生能力のスキルは無いか…」

そして、スオウは少々傷んだコートをはためかせ、強く拳を握り獰猛に笑う。副腎髄質から生産されるアドレナリンが、ほんの数分前に新生した肉体を駆け巡って痛みと疲労を軽減し、果てし無く戦意を高揚させる。最高にハイ！ってやつだ！

「ゴアア…ッ！きさま、よくもッ…！！バラバラにしてやるぅ…ッ！！！」

直立した熊男は、憤怒の叫びを上げ、２メートルを超えた巨躯を更に一回り膨張させる。より強く、より凶暴に、スオウへの憎悪の高まりと共に、脳内で固有スキルにかかったモザイクが変化、即ち固有スキル・獣化のランクアップである。

人と熊との中間的な体型の為、一般的な熊よりも手足が長く全体的にシャープに見えるが、それでも２００キログラムを優に超える強靭な肉体が血と涎を撒き散らしながら殺意に悶える様は、例え狙撃銃のスコープ越しに見ても、戦意を喪失させ逃走を選択させる代物だった。

サラを抱いた花憐は、その途轍もない憤怒と殺意に更に後ずさる。が、至近距離で熊男と対峙するスオウは臆するどころか一歩前に進み、右手でサムアップ。

「それがあんたのフルスペックか、良いね〜」

「…ネタが渋滞してる！？」

２つの作品が脳裏に浮かび、はっとする花憐。なおサラは引き続き無の境地であった。

スオウと獣人熊男の戦い、決着の時は近い。

スオウ　称号　収穫者候補、世界を渡る者

　　　　基本スキル　身体強化Lv１、精神強化Lv１０

　　　　固有スキル　収穫