第3話 転生即格闘

ざあざあと響くのは降りしきる雨なのか、あるいは波止場の向こうに広がる暗い海の波の音なのか、倉庫の前をずぶ濡れになって走る二人には見当もつかなかった。


「こっち!」


二十歳を幾つか過ぎた若い女が、十代そこそこの少女の手を引き倉庫と倉庫の間に駆け込み、互いに息を弾ませながらずぶ濡れの身を寄せ合う。


「もうすぐ…来る…!」


引き締まった身体に整った顔立ちの若い女…名を阿武花憐あんのかれんという…は、壁と壁の間から雨に煙る港を睨み付け、明らかにスラブ系の少女を強く抱き締めた。固く目を瞑り、無言で花憐にしがみつく少女、イオネスク・サラの雨に濡れた三つ編みが揺れる。


うるるるぅ…


肉食動物の様な唸り声が響き、激しい雨の中に爛々と輝く瞳が見え、雨に濡れた体からもうもと湯気を立てた、小山の様な体躯の男が姿を現した。


「始めに見た時から思ってた」


男はさして広くない空間を塞ぐ様に両手を広げて獰猛に歯を剥き、舌舐めずりして抱き合う二人を睨め付ける。


「お前等を犯して食うのは俺だってな」


大柄な男の身体が更に膨れ上がり、ざわざわと体毛と牙が伸び顔が変形し始める。


「わめくなよ…ほかのれんちゅうがきちまうからなァ」


獣化を終え、今や男は完全に獣人と化していた。顔の骨格が変わり言葉も不明瞭だが、その目に宿る凶暴な獣欲は一目瞭然だった。


「やっぱり、来た…!」 


花憐がそう呟いた瞬間、半人半熊の獣人は唸り声を上げて爆発的な疾さで二人に飛び掛かる。ぎゅっと目を瞑り…そして身体の直ぐ側を、力強い何かが通り過ぎる感覚。ごおおん、と冗談の様に肉と骨が大音量を立て、そのまま弾き飛ばされる気配。花憐とサラは目を開き、そして見た。


「後は任せろ」


獣人程に大きくはないが、確かに強く逞しいその背中と、振り向いた精悍なその男の横顔を。


           *


憶えているのは、後悔と渇望。

上も下も無く、始点も終点も観測出来ない静寂の中で、煮え滾る泥の様な二つの感情に苛まれ、それでも永い時をかけ魂は漂白されゆっくりと流され、何処かに、何かに辿り着くのだと思っていた。

しかし、唐突に静寂を引き裂いて現れた、形容し難い何者はいよるものかに取り引きを持ち掛けられた魂は、再び自らの心を、意思を、精神を思い出し、その姿形を取り戻して行く。

$%を&¥なかった後悔を、戦いへの渇望を、今度は世界の終わりを見届けるまで取り戻すのだ。

魂を核に再生する心と肉体に、バチバチと弾ける様な感触と共に幾つかの能力スキルが刻まれて行く。

静寂の世界に深い深い深淵が生まれ、そこから浮かび上がる様に世界の境界に到達し、遂にその男は永きに渡る戦いへの第一歩を踏み出した。


           *


まずは全身を叩く激しい雨とその音を感じた。この世界に新生した五体に濃厚に絡みつく匂いと温度。数歩先に、抱き合う若い女達。そして、その二人に飛び掛かる熊とも人ともつかぬ獣人。

男は迷う事無く拳を握り、土砂降りの中を二歩進んで左拳を脇に引き、迫り来る熊男の胸を突いた。


信じられなかった。

唐突に現れたコート姿の男が、文字通り雨を貫いて自分の胸を殴った。そして、その瞬間、胴体が爆発したかの様な衝撃。

肋骨が折れたどころか肺が破裂し、強靭な筋肉と骨格に守られている筈の脳が揺れて意識が遠退き、地面に叩き付けられて意識が戻る。

頭の中でモザイクがかかった文字の様なものが表示され、破裂した肺が急速に再生し始める。

血を吐きながら上体を起こした途端、再び頭部に凄まじい衝撃。更に二転三転と弾き飛ばされながら、コート姿の男が自分の頭を蹴ったのだと理解する。


「が、あぁぁぁ…」


飛び出しかけた目玉を押し込み、唸りながら頭を振って起き上がろうとした自分の上に、みしりと岩でも乗ったかの様な圧力が掛かる。

コート姿の男が腹の上で、まるで格闘技の教本の様に美しい姿勢でマウントポジションを取っていた。


「おまえは…なんだぁ…スタートのときにはみなかった…ぞぉ」


「ああ、そこには居なかったからな」


土砂降りの雨に烟りながらコート姿の男は、その精悍な顔に獰猛な笑みを浮かべる。


「スオウ」


「この名前だけは憶えている。俺はスオウ、世界を渡る者ライダー…らしい」


ほんの少しだけ自信なさげに宣言した後、コート姿の男・・・スオウは股を締めて熊男の腹をみしりと挟むや頭上でくるくると拳を回し、熊男の雨と血に塗れ痛みで引き攣った顔面に、ハンマーの様なパウンドを落とし始めた。



スオウ 称号 収穫者候補、世界を渡る者

    基本スキル 身体強化Lv1、精神強化Lv10

    固有スキル 収穫





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