12
関崎は筋が良く、私の言葉を必死に呑み込もうと奮闘していた。その甲斐あってか、最初は難色を示していた執事も、うるさいことは言わなくなっていたのである。
私はずっと、眠っていた父の楽譜を彼に見せた。恐れおののきながらも彼は目を輝かせ、その楽譜を愛おしそうに見ていた。
気付けば私の心は、彼を深く信頼していたように思う。
彼が父の曲を弾き、私は頭の中で指を動かす。一度だけ、実際に指を動かしてしまい、血を流してからは、私は手をタオルできつく縛って膝の上に置くようにしていた。
「拘束された講師だなんて、世界に私ぐらいなものだ」
そんな軽口を叩けるぐらいに、私の精神は安定していた。
平穏な日々が過ぎ、関崎のピアノが上達すると、私は彼をここに留めておくのは罪深い事のように思い始めていた。
そこで私は彼に、留学を勧めることにした。
だが彼の返事は、ここでピアノを弾きたいというものだった。
彼はピアニストを夢見ていたはずだ。きっと私に気を遣っているに違いないと思い、私はわざわざ渡航費や向こうの寮から講師に至るまで、舞台を用意してやった。
それでも彼は、首を縦に振ることはなかった。それどころか、それならピアノを弾くのを辞めるとまで啖呵を切ったのだ。
私は激怒した。
それから涙を流しながら、彼にこうも懇願した。
「私の分まで、夢を背負ってはくれないか」
すると彼は突然、私の前で膝をついた。
それから大きく頭を下げて、こう言った。
「申し訳ありません。貴方の夢は叶えられそうもありません」
それから彼が、私に向けて両手の甲を垂らすように持ち上げた。
その手を見た途端――私は激しい衝撃に、危うく叫びそうになった。
彼の両手には、薄くであるが切り傷が現れていたのだ。
「いつ……いつからだ」
私はやっとの事で声を振り絞った。彼は一ヶ月程前からと、聞き逃しそうな程に小さな声で言った。
それから初期症状である腱鞘炎のような症状を経て、最近は薄ら切れて血が出るようになったと告げた。そこで自分はもしかしたらと、気付いたらしい。
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