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「私には分からない。君がピアニストになれなかった事と、この奇病にどう結びつくんだ」

「少しでもお役に立てればと思ったまでです。とんだ有り難迷惑だと、思われてもしょうがありませんけど……」

 確かに何の知識もない人間が、偽善とも言えるこの突拍子のない行動に、眉を顰めたくもなるだろう。

 それでも私には、彼の彼なりの苦労を少しばかし、察することは出来たのだった。

 すっかり冷めてしまった食事を終えて、私は入浴と消毒を済ませると床についた。

 彼と多少なりとも、心を通わせたこともあって、私の自傷行為は減っていたように思う。

 そのかいあってか、歯を食いしばる程の消毒作業もいつの間にやら楽になっていた。


 ある時、彼が散歩に出ないかと誘ってきた。

 もう何年も外に出ていない私にとって、それはとてつもない不安を伴っていた。

「日がな一日、部屋に引きこもるのは不健康な気がしてならないのです。もちろん、私も付き添いますか」

「不健康だというならば、もう何年も出てないのだからすでにそうなっているはずだ。それに、許しが出るかどうかも分からない」

 私は怖じ気づくあまり、たらたらと言い訳を述べていた。

 だが彼も負けじと、「許可なら取ってあります」ときっぱりと言った。

 私は仕方なく彼に促されるまま、庭に向かうこととなった。

 久方ぶりに家の廊下に踏み出した時――私の中で込み上げたのは、懐かしさだった。

 絨毯張りの廊下をゆっくりと踏みしめ、ああ、そういえばこんなにも広かったのかと、まるで他家に来たような気にさえなった。

 ここは父の持つ別荘のうちの一つで、二階建ての広い一軒家だ。周囲は山に囲まれ、かつては避暑がてら、この家に家族で来たものだ。

 それが今では、私一人、閉じ込める牢屋と化してしまっていた。絶望に瀕していた私はそのことを忘れていたまま、この中で過ごしていたようだ。

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