9
「私には分からない。君がピアニストになれなかった事と、この奇病にどう結びつくんだ」
「少しでもお役に立てればと思ったまでです。とんだ有り難迷惑だと、思われてもしょうがありませんけど……」
確かに何の知識もない人間が、偽善とも言えるこの突拍子のない行動に、眉を顰めたくもなるだろう。
それでも私には、彼の彼なりの苦労を少しばかし、察することは出来たのだった。
すっかり冷めてしまった食事を終えて、私は入浴と消毒を済ませると床についた。
彼と多少なりとも、心を通わせたこともあって、私の自傷行為は減っていたように思う。
そのかいあってか、歯を食いしばる程の消毒作業もいつの間にやら楽になっていた。
ある時、彼が散歩に出ないかと誘ってきた。
もう何年も外に出ていない私にとって、それはとてつもない不安を伴っていた。
「日がな一日、部屋に引きこもるのは不健康な気がしてならないのです。もちろん、私も付き添いますか」
「不健康だというならば、もう何年も出てないのだからすでにそうなっているはずだ。それに、許しが出るかどうかも分からない」
私は怖じ気づくあまり、たらたらと言い訳を述べていた。
だが彼も負けじと、「許可なら取ってあります」ときっぱりと言った。
私は仕方なく彼に促されるまま、庭に向かうこととなった。
久方ぶりに家の廊下に踏み出した時――私の中で込み上げたのは、懐かしさだった。
絨毯張りの廊下をゆっくりと踏みしめ、ああ、そういえばこんなにも広かったのかと、まるで他家に来たような気にさえなった。
ここは父の持つ別荘のうちの一つで、二階建ての広い一軒家だ。周囲は山に囲まれ、かつては避暑がてら、この家に家族で来たものだ。
それが今では、私一人、閉じ込める牢屋と化してしまっていた。絶望に瀕していた私はそのことを忘れていたまま、この中で過ごしていたようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます