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 自らも目を覆いたくなるような惨状に、私は恥じ入るように目を逸らした。

 それから窺うように彼を見遣った。彼はどこか痛ましげな表情をしただけで、私の指を丁寧に消毒していく。

「少し痛みますが、我慢してください」

 言われるまでもなく、私は唇を噛みしめて呻き声を殺すようにして耐えた。

 鋭い針で何度も刺されるような苛烈な痛み。それは私が禁じられているピアノを弾いた罰なのだ。こんな慈悲のない罰を受けるぐらいなら、いっそのこと本物のピアノを弾いて死んだ方がマシだとすら思えた。

 辛い消毒作業を終える頃には、私の額からは滝のような汗が流れていた。彼はそのことに気付くと、丁寧にタオルで汗を拭ってくれた。

「終わりましたよ。後は包帯を巻くだけです」

 それから一本一本巻く度に、私にきつくはないか、と問うてきた。私は言葉を吐く気力も沸かず、ただただ放心していた。

 やっと全てを終える頃には、私はぐったりとしていた。

「私は隣の部屋におります。何かありましたら、声をかけてください」

 私が暇を告げる前に、彼は早々に部屋を立ち去った。それが私には有り難かった。

 無駄に居座られて、同情の弁を述べられるよりも、一人で痛みを享受したかったのだ。

 私は枕元に備え付けられていた痛み止めを飲むと、ベッドに横たわった。


 翌日から、私は関崎と共に食事をするようになった。

 執事に二人分用意するように告げた時、彼は最初こそは難色を示した。使用人という立場の人間が、主人と食事を共にするのは如何いかがなものかと。だが、私は父が主人であり、私ではないのだから構わないだろう。それにもう、社交の場に出ることは二度と叶わないのだからと、押し切ってしまったのだ。

 私が何かに親身になることは、久しぶりのことだった。ここまでする必要はないだろうが、何故か関崎の事を放っておこうとは思えなかった。それはきっと、今まで私を世話してきた者達とどこか違う毛色をしていたからかもしれない。

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