第75話、事実(真実)

 勝利の宴会も終わり、今日は一日この場で夜を明かし、翌朝に帰る事になる。

 今すぐ帰る方が領地にとっては良いのだろうが、どうせ帰るには数日がかりだ。

 なら夜中の行軍などという危険な事をせず、明るい内に動いた方が良い。


 そんな野営中の陣営から、真夜中にコソコソと抜け出す者達が居た。

 勝利した事でどこか緩い警備だが、それでも最低限の事はこなしている。

 けれどその者達は一切気が付かれる事なく、陣の外まで脱出した。


「ここまで来れば問題は無いだろう」


 そう発言したのは、集団に混ざっていた内の一人。

 この国の王太子であり、賢者の婚約者である青年だ。

 何故彼がこんな事をしたかと言えば、彼以外の者達が原因でしかない。


「感謝致します。この件は絶対に我が主にお伝えしましょう」


 彼らは行軍の途中に青年の手によって捕らえられた者達だ。

 今回の戦争が終わるまでは捕虜として扱ったが、それを解放して陣の外まで連れてきた。

 とはいえ公的な扱いをするつもりは無く、最初から居なかった事にする予定だが。


 情報を得た事実も、協力した事実も、どこにも存在しない事にする。


 彼らの主が成功すればよし。成功しなかった時は関係ないとしらを切る為に。

 元首達を打倒したのは、あくまで自分達の都合があったからだ。

 彼らと共謀をしての結果ではない、という事にしたい。


 それは現状まだ敵国である存在と関係がある、と思われたくないが一つ。

 とはいえそちらは余り気にしていない。疑われた所でどうにでもなる。

 けれど今回の『ナーラ・スブイ・ギリグの勝利』に一切の影を落としたくなかった。


 彼女の力があったからこその勝利。彼女の実力があったからこその大勝利だ。

 その事実を捻じ曲げられる要素を出来るだけ排除しておきたい。

 少なくとも、協力があったから勝てた、などと言うたわけた事を言わせない様に。


 それは彼らや彼らの主だけではなく、この勝利を知った周辺国に対してが大きいが。


「では失礼致します」

「ああ、せいぜい見つからないように」


 そんな青年の腹の内など知らず、彼らは闇の中と消えて主の下へと向かう。

 おそらく数日中にあちらの国は大騒ぎになっている事だろう。

 敗走した軍には怪我人も居る。それらを抱えて戻るには時間がかかる。


 戦場を離れた位置から確認していた者達は、元首が死んだ時点で連絡に走っているはずだ。

 ならば元主力軍が都に戻る前に、彼らの拠点は内乱に近い状態になっているだろう。


「今度は何人死ぬかな・・・まあ、私には関係の無い事か」


 内乱の手助けなどしていない。勝手に彼らが好機と思って暴れただけだ。

 彼らと出会った事実さえなければ、誰も我が国に疑いの目など向けはしない。

 調子に乗って敗戦して、驕った結果自滅した。そうとしか見えないだろう。


「後方にも指揮官はまだいたし、兵士も結構生きていたはずだ・・・せいぜい頑張りなよ」


 指揮官や兵士を皆殺しにしない、という事は事前に賢者と打ち合わせをして決めていた。

 彼らの主とやらが、あっさりと権力を握ればそれはそれで面倒くさいと思って。

 出来れば疲弊して助けが要る状態、というのが望ましい。


 敗走して帰った元主力軍が、革命を起こそうとした者達に従わない事を祈ろう。

 その結果革命側が負けたとしても、それはそれで大分戦力を減らしているだろう。

 今回の戦闘と内乱で消耗した体力の回復は、一体何年かかるだろうか。


 あちらの国民にしてみれば地獄の様な状況だろうが知った事ではない。

 大事なのは自国民であり、その為であればどんな非道であろうと気にしない。

 勿論非道を周辺の国に勘づかれれば問題だが、今回は誰も気が付きはしないだろう。


「さて、帰るか」


 誰に言うでもなく呟き、彼も闇夜に溶け込む様に自陣へ戻る。

 行きと同じく誰にも気が付かれない様に、ただ何となく寄り道をしたくなった。

 するすると影を縫うように進み、そしてとある天幕の傍へとたどり着く。


 賢者の寝ている天幕だ。中に人の気配がするので、きっと彼女は寝ているのだろう。

 きっと疲れが溜まっているに違いない。何せ倒れてしまったのだから。

 けれど彼女が倒れた事実は一部の者にしか知られていない。


(出来る限りキャライラスには伏せておきたい・・・)


 あの少女が賢者を邪魔に思っている事は、当然誰もが解っている。

 ならばそんな明確な弱点を、あの少女が突かないとは思えない。

 そう判断した青年は、賢者が倒れた事実を少しでも伏せようとした。


 倒れたのではない。ただ疲れて寝たのだと、そういう事に。

 幼児故に全力で暴れ、眠気に勝てずにそのまま寝た。

 多くの者達が知る事実はそちらになっており、倒れた事を知っているのは少数だ。


 青年とメリネ、そして賢者の祖父とザリィ、後は一部の護衛のみ。

 勿論寝ただけという言葉を信じていない者も居ない訳じゃない。

 けれど周知させる事実としては、疲れて寝たという事にしておいている。


(敵の再編よりも、味方の諍いを優先して気にしなきゃいけないのは本当にやってられないね。それでもキャライラスの戦力は必要だ。腹立たしい事に)


 本当なら不穏分子なんて処分したい。だが戦力の無い自国はそういう訳にも行かない。

 賢者に限界があると判明した今は余計にそうであるし、限界が無かったとしても同じ事だ。

 賢者は一人だ。そして国土全体を賢者一人で守れる訳じゃない。どうしたって数が要る。


(戦争が終わっても、平和にのんびりと、とはならないのが本当に嫌な話だ)


 青年はため息を吐きながら、今後の自国の立ち回りに頭を悩ませるのだった。





 尚その頃の賢者はと言えば、青年の想像通りぐっすりおねむ中である。


「すぴー・・・すぴー・・・」


 何の悩みも無さそうな、それこそ泣いた事など無かったかの様に能天気に寝ていた。

 勿論熊は青年の脱出も接近も気が付いていたが、賢者の睡眠を優先した形だ。

 なので賢者はそのまま翌朝までぐっすり眠り、侍女に呆れた顔で起こされる事になるが。

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