第74話、前向き(能天気)

「がっつり泣いたらすっきりした。幼児って単純じゃな。いや、儂が単純なのか」

『グォウ!?』


 スンッと鼻を吸うと、唐突に泣き止んだ賢者。本気ですっきりした様子だ。

 熊はそんな賢者に驚くが、賢者自身も結構驚いてはいる。

 先程まであんなに苦しかったのに、今はもう殆ど何とも感じない。


 勿論多少の不安は残っているけれど、それも先程とは比べ物にならない。


「うーん。やっぱ今の儂、悲しいって感情があんまり長続きせんな。我が事ながら能天気になる様に出来ている事に感謝するべきか、不安に思うべきか悩みどころじゃの」

『グォン!』

「熊にとっては良い事かもしれんが・・・いやまあ、良い事か。いつまでもウジウジ悩んでいるよりは、能天気に前を向いている方がよっぽど良いの」


 そんな風に話しながら軽く魔法で水を出して、バシャバシャと顔を洗う賢者。

 侍女が戻ってくる前に泣いた痕跡を消したいが、おそらく気が付かれはするだろう。

 ただ賢者が隠したいという意図に気が付けば、彼女は触れずにいてくれる。


 赤子の頃からの付き合いである賢者はそう考え、とりあえず落ち着いてベッドに座った。


「まあ何じゃ、欠陥が早めに分かって良かったわい。これで取り返しのつかない時に欠陥に気が付いた、なんて事になっとったら大惨事じゃったからの」

『グォ・・・』

「じゃからさっきも言ったろう。お主は何も悪くない。謝るでないと。困った奴じゃの」


 賢者が倒れた要因に気が付かず、そして倒れる様な事をしてしまった。

 熊はそんな気持ちを抱えており、けれど賢者からすれば見当違いな謝罪だ。

 力を貸してくれた熊に対して感謝こそすれ、文句を言うなど余りに馬鹿らしいと。


「儂はお主に感謝しておる。お主のおかげで大事な物が守れたんじゃ。感謝しておるよ」

『グォウ・・・』


 そんな賢者の様子に、これ以上謝っても不快にさせるだけだと熊は理解した。

 なので渋々ながらその感謝を受け取り、けれど心の中ではまだ納得がいっていない。

 賢者はそんな熊の様子に苦笑し、そして自らの体に意識を向ける。


(三発・・・三発か。領地に帰ったら色々と試してみる必要があるの。それに先程は悲観してしまった訳じゃが、それで諦めるのは儂らしくなかろう。ああ、そうじゃ。儂は能天気なんじゃからのう。このままお利口に自分の限界を理解してしまうつもりは無いわい)


 グっと小さなこぶしを握り、賢者は前を向く。自分は何故今生を望んだのかと。

 それは好きに生きる為ではなかったか。楽しく生きる為ではなかったか。

 悲観して、諦めて、失って、寂しく生きるのが嫌で自分は今生きているのだろうと。


(儂はナーラ・スブイ・ギリグじゃ。お転婆なお嬢様じゃ。ならお転婆らしくいかんとな)


 自分で言い聞かせるように、けれど何故かそれがとても賢者自身しっくり来た。

 今の自分はナーラだと。生前の賢者ではないのだと。その考えがとても馴染む。


「お嬢様、お加減はどうですか?」

「うむ、目も覚めて爽快じゃぞ!」

「・・・そうですか。では目覚めのお茶をどうぞ」

「ありがとう、ザリィ」


 そこで戻って来た侍女は、賢者の目の赤さに気が付きながら言及はしなかった。

 目の前にいるのがいつものお嬢様だと、そう感じた事が大きいのだろう。

 賢者は暫くの間ゆっくりとお茶を堪能して、それから天幕の外に出た。


 当然と言うべきか祖父がずっと心配していたらしく、暫く離して貰えなくなったが。







 なお賢者が倒れた後の自陣の者達がどうしているかというと、勝利の宴会をしていた。

 ただ宴会と言ってもそこまで豪華な物ではなく、多少の酒を煽っている程度だが。

 食料も当然保存食だし、宴会と呼ぶには少々語弊があるかもしれない。


 だがそれはまさしく宴会だろう。誰もが笑顔で飲んでいるのだから。

 誰一人死者の居ない、どころか怪我人すら居ない完全勝利。

 勿論それは賢者という精霊術師が居たからだが。


「かんぱーい!」

「ナーラ様にかんぱい!」

「精霊術師様に、精霊様にかんぱーい!」


 勿論民達はそれを解っており、そこかしこからそんな声が響く。

 賢者への感謝を、精霊への感謝を、自分達が生きている事への感謝を口にしていた。

 ただ勿論全員が飲んでいる訳ではなく、当然だが周辺の警戒をしている者も居る。


 賢者の倒れた櫓の上に立つ人物もその一人。

 精霊術師である老人が、賢者が居なくなった後の警戒をしていた。


「異変はありません。完全に撤退したようですな」


 そんな彼が厳しい視線をふっと緩め、背後へ意識を向ける。

 よたよたと櫓を上る熊耳幼女が、賢者が近づいて来た事に気が付いて。

 老人は賢者が登り切る前に手を伸ばし、すっと持ち上げて中央に下ろす。


「すまんの。一人で警戒なぞさせて」

「お気になさらず。上司の補助も部下の務めでしょう」

「かかっ、普通は逆じゃと思うがの」

「それに殿下もメリネ嬢も使い物にならない様子でしたしな」

「ああ・・・すまんの。」


 老人の言う事は正しく、二人は賢者が心配な余り気もそぞろになっていた。

 祖父から解放された後はその二人に捕まり、先程ようやく解放されたところだ。

 確かにあの状態では使い物にならないだろうと、賢者は頬をポリポリとかく。


「お気になさらずと申しました」


 老人が本気でそう言っている事を理解しつつ、賢者は戦場へと目を向ける。

 そこには既に何も無く、ただはるか遠くに魔法の暴れた跡があるだけだ。


「じゃが今回の件でお主の儂に対する見方も変わったのではないか?」

「何故でしょうか」

「いや、儂たった三発放った程度で倒れたんじゃぞ?」

「そのたった三発も打てない者が、筆頭殿に対し何を言えると言うのでしょうか。それに勘違いしないで頂きたい。私は貴女を筆頭と認めているのです。余り甘く見ないで頂きましょうか」

「ブライズ・・・そうか、すまん、余計な事を言った」


 賢者が小さく頭を下げると、老人はフッと優しく笑う。


「それにまだ貴女は幼い。老い先短い私と違って伸びしろがあるでしょう」

「・・・ああ、そうじゃな。そのつもりじゃ」


 そして賢者もニッと笑い、老人の言葉に応えた。

 悲観している時間など意味は無い。前を向いてこそ意味がある。

 少なくとも自分はそう生きる為に幼女の身となっている。


(案外この能天気さは、そんな願望も原因だったのかもしれんな)


 生前の自分を否定した自分。勿論すべてを否定するつもりは無い。

 弟子や熊との出会いは良い者だった。けれどそれでも、自分自身に不満があった。

 そんな自分を変えたいという想いが今の自分を形作ったのかもしれない。


(・・・いや、そう考えると儂、女の子になりたかったという事になる様な・・・考えんとこ)


 一瞬嫌な事を考えたが、即思考放棄した賢者であった。

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