第76話、帰還(王都へ)

 戦争に勝った勝利の宴から翌日、目がさめた賢者は領地へ帰る為に行軍する。

 という事にはならなかった。今回戦争に参加した貴族は、皆王都に向かう事になっている。

 お国王陛下への勝利報告と、王都での祝賀会に参加する必要があると。


 勿論兵士達全員を連れて行軍、という訳ではない。

 兵士の大半は職業兵士ではなく、普通の領民達だ。

 故に彼らは指揮を任せられる者に頼み、皆先に領地へと帰る事になる。


 王都へ向かう兵士は貴族達の護衛の為の、少数の精鋭のみが残る形だ。


「・・・祝賀会とか面倒じゃのう・・・儂は領地へ帰りたい」

「申し訳ないけどそういう訳にもいかないかな。君こそが今回の主役だし」


 そんな王都へ向かう車の中、賢者はむすっとした顔で呟く。

 賢者を膝の上に乗せた青年は、申し訳ないと謝りながら耳を撫でていた。

 本気で謝る気があるのかこやつ、と半眼を向ける賢者。


「そんな目をされても困るよ。今回の戦争では間違いなく君の存在が勝利の鍵だ。その主役の居ない祝賀会なんて、何の為に催すのか解らなくなっちゃうじゃないか」

「別に勝利を祝う宴なんじゃし、儂が居らんでも良かろう」


 ムスッとしたまま返答する賢者も、本気でそう思っている訳じゃない。

 自分が一般人であれば、そういう事も起こりえただろう。

 けれどこの身は貴族で、それも国では有数の高位貴族の立場だ。


 となれば貴族の義務として、こういった催しを無視する事は出来ないだろう。

 何より自分は神輿のようなものだ。掲げやすい様に人目にさらされる必要がある。

 ならば尚の事祝賀会のような場には出ざるを得ない、ときちんと理解しているのだ。


 でなければ素直に王都に向かっているはずも無く、青年も解っているから苦笑している。

 なら何故賢者はこんなにも不機嫌そうに、王都へ向かうのを嫌がっているのか。

 その理由は単純明快だ。


「そんなに父上に会いたくないのかい?」

「出来れば一生顔を合わせたくないの」

「嫌われたものだなぁ・・・」


 単純明快に国王に会いたくない。その気持ちから出る愚痴だ。

 賢者は未だに国王に対し良い感情は持ってない。

 王太子である青年との中が良くなったとしても、それとこれとは別の話だ。


 賢者としては油断できない人物であり、出来れば手の届く範囲に踏み込みたくはない。

 危険人物であり、かつ性格の悪いジジイという認識がとても強くて。


(遠距離ならまだやり様があると思うんじゃが、近づかれるとどうしようもないしの)


 国王には精霊化しての戦闘、という事が叶わない。呪いで熊が戦えない。

 となれば自力で戦う必要が出て来て、けれど接近されたら勝ち目がない。

 持ち敵対する事があれば、出来る限り距離を取っておく必要がある。


(まあ、奴の前では精霊化で対抗出来ん、という事は気が付かれておらんとは思うが)


 この点に関しては、青年にすら教えていない。教えられない。

 もしこの事が国王に知られてしまえば、さらに自分の首を絞める事になる。

 一歩間違えれば危ない爆弾。賢者の事はそう思う様にさせておきたいと考えて。


(ローラルにまで言えんのは心苦しいが・・・こればかりはな)


 青年の事はある程度信用している。けれどそれはあくまである程度だ。

 賢者と青年の関係は契約関係であり、本気で心から通じ合った婚約者ではない。

 自分と王家の都合を考えた結果の婚約は、ならば賢者に不利な事を国王に伝えかねない。


「出来れば機嫌を直して欲しいな。王都までの数日間、君のご機嫌が悪いのは心に悪い」

「ふん、お主は儂の耳を触っておれば幸せじゃろうに」

「それは確かに幸せだけど、君のご機嫌が斜めなままでは楽しみ切れないさ。可愛いお姫様には笑顔で居て欲しいと思うのが当然の事じゃないかな」


 珍しく賢者の熊耳ではなく後ろ髪を腕で抱え、柔らかさを堪能する様子を見せながら告げる。

 その発言と行動に嫌味を感じず、美形は何を言っても似合うなと賢者は思った。

 これで体の線が細ければ完璧な王子様だろうなと、若干失礼な事を考えても居るが。


 青年はそのまま手に持った髪に軽く口づけをして、ニコッと爽やかな笑顔を賢者に向ける。


「何かむかつくの」

「えぇ・・・」


 だが賢者はそんな青年に、変わらずむすっとした顔を向けた。

 何処か、こうすれば女性は機嫌を直してくれる、という雰囲気が見えたので。

 まさかそんな返答が来ると思ってなかった青年は、思わずというという様子で声が漏れた。


「悪いが儂はお主の容姿に絆される様な女児では無いのじゃ」

「あははっ、それは勿論解ってるけどね」

「ならばなぜ先程の様な事をした」

「別に容姿を武器に機嫌を直して貰おうとしたつもりは無かったよ」


 これは紛れもない本心だ。青年は賢者が自分に対し何も思う所が無いのは知っている。

 美形なのだという事実は認めていても、そこに対する好意的な感情は無い。

 勿論否定的な感情も無いのだろうが、だからこそ何も想っていないというのが正しい。


(いや、何も思う所が無い、という言い方には語弊があるかな)


 時々戦うべき相手の様な、鋭い目すら向けている事にも青年は気が付いていた。

 勿論賢者との関係は良好だ。少なくとも今は良好と言って間違いない。


(けれど彼女は、心から私の事を信頼はしていない。それぐらいは解っているさ)


 口に出してしまえばあまり良くない結果になる言葉だ。

 けれどそれは、賢者とて内心では思っている事。

 指摘されたとしても、謝罪しながら肯定をするだろう。


 まさしく先程肯定せざるを得ない事を考えていたのだから。

 それでも今は、青年は賢者の婚約者だ。仮初の信頼が有ると考え動いている。

 何時かは本当に信頼出来て貰えば、と頭の片隅で考えながら。


「私は君の婚約者として隣に立つんだ。君の機嫌を損ね続ける者が婚約者、としては立場が無いしね。出来れば本当に機嫌を直して欲しいし、直してくれるなら出来る限り望みをきくよ」

「むぅ・・・そう言われると弱いの」


 まるで子供の様な我が儘を続けている、という風に聞こえてしまう賢者。

 実際幼児なのだが、それは置いておくとしても流石にこの辺りかとため息を吐く。


「まあ、儂も本気で機嫌が悪い訳ではない。それにお主とて自分の父が嫌いだ、と言われ続けては不愉快であろうしな。そう考えれば儂も失礼じゃった。すまんな」

「いや、父上の事が嫌いなのは仕方ないんじゃないかな?」

「・・・お主、儂が折角謝ったのに」


 ありがとう、と素直に言っておけば話は丸く収まったのにと、半眼を向ける賢者。

 だが青年は苦笑をすると、更に国王への言葉を続ける。


「いやだって、私も時々腹が立つしね。あの人はそういう性格してるよ」

「・・・実の息子にまで嫌われとるんかあ奴」

「嫌うって程じゃないけど・・・まあ、好きになれない人なのは確かだね」


 ははっと笑う青年の様子に、本当にアレが国王で良いのかと本気で思った賢者であった。

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