第73話、弱点(欠陥)

「・・・・んゆ?」

「お嬢様! 目が覚めたのですね」

『グォ!』


 賢者の目がゆっくりと開き、ぼやッとした頭と意識で目を動かす。

 見える物は青空、ではなく天幕の天井。そして侍女の姿。

 一体なぜここに居るのか、という疑問を持つもすぐに吹き飛んだ。


『グオオオオオオオン!』

「うを!? う、うるさ、頭、頭に響く・・・!」

「お嬢様!? 頭が痛むのですか!?」


 賢者が起きた! と熊が大きな声で心配そうな、泣いている様な声で鳴く。

 熊の声が賢者の頭の中で反響する様に響き、いつも以上の大声に感じた。

 耳で聞いている訳ではないせいか、若干頭が痛む感覚を覚える賢者。


 熊はそんな賢者に気が付く様子鳴く、唯々心配だったと大声で鳴き続ける。


『グオオオオオオオオオン!』

「あっ、ぐぁ、うるさ・・・うるさいって言っとるじゃろうが! ちょっと黙らんか!!」

『グォ!? グォ・・・』

「っ!?」


 心配されているのは何となく解るものの、流石に頭が痛くで怒鳴ってしまった賢者。

 熊はビクッと震え、気まずそうな小声で鳴き声を漏らす。だって、とでも言いたそうに。

 侍女も賢者の剣幕に少し驚き、慌てて口を閉じた。


 そこでやっと落ち着けた賢者は、大きな溜息を吐き状況を確認しようとして――――。


「ナーラ、どうした!?」

「ナーラちゃん無事か!?」

「ナーラ様!」


 先程の叫びを聞いた青年と祖父、そしてメリネの声が天幕の外から響く。

 流石に天幕に突撃して来る事は無かったものの、皆心配そうな事が声音だけで解る。

 ただ寝起きで色々突然過ぎた賢者には、上手く対処できるほど頭が回っていなかった。


 侍女は冷静にその様子を確認し、静かに賢者へ訊ねる。


「お嬢様、ご自身で不調などはお分かりになりますか?」

「あ、いや、多分体は、問題ないと思う」

「・・・分かり易い不調は今の所無いのですね。その事を殿下にご報告してきます。ただ起きたばかりですので、ゆっくりとお体の確認をして下さい。私はついでにお茶でも入れて来ようと思いますので」

「ああ、すまんなザリィ」

「お気になさらず。では失礼致します」


 侍女はぺこりと頭を下げると、天幕を出て青年達へと説明に向かう。

 その背中を見送った賢者は小さく息を吐き、自分の中へを意識を向けた。

 先程怒鳴ってしまった相手が、熊が小さくなりながら拗ねているのが見える。


『グォ・・・』

「ああ、悪かった。心配してくれたんじゃよな」


 まさしく見た通り拗ねる様に鳴く熊に、賢者は苦笑しながら謝る。

 まさか嫌がらせをされた訳でもなく、純粋な好意を持っているが故の事だと理解して。


「じゃが儂もあんなに騒がれたら頭が痛い。話も出来んじゃろう」

『・・・グォウ』


 熊はまだちょっと拗ねたままだが、それでも賢者の言葉に頷いた。

 無事で良かったと。そんな想いを声音に乗せながら。


「・・・すまんな、本当に心配をかけた」

『グォン!』


 本当だよ! と熊が鳴き、賢者は苦笑で返すしかない。

 実際に心配をかけてしまっただろう。外の者達も同じ様に。

 けれど賢者とて今回の件は予想外の出来事だった。


「・・・二発目の途中から若干の違和感はあったんじゃが・・・三発目であそこまで露骨になるとは思っとらんかった。おそらくあれが今の儂の限界、という事なんじゃろうな」

『グォウ?』

「どうやら儂の欠陥は、精霊化している状態でも影響している、という事じゃよ」


 賢者は胸を軽く抑えながら、倒れる前の事を思い出す。

 全身がぎしりと痛み、バラバラになるかと思う様な感覚。

 意識が飛びそうになりながらも、戦闘が終わるまでは何とか堪えた。


 それでも終わったと思い気が抜けると同時に、意識を手放してしまった事を。


「儂の魔法使いとしての欠陥。おそらく今回もそこが原因じゃろうな。あくまで感覚だけの話でしかないが・・・お主が三発目の魔法を撃った後、出来ない事をしている様な感覚が体を襲ったんじゃよ。たとえるならそうじゃな、手が届かないからと脱臼して伸ばすような感じかの」

『グォウ?』

「たとえ方が悪かったか・・・」


 熊はうーん? と首を傾げてしまい、賢者はぽりぽりと頬をかく。


「まあ無理をしているというのは間違いないんじゃろう。あの程度の魔法三発が、今の儂の限界という事じゃ。今まで精霊化で複数の大きな魔法を試さんかった弊害じゃな。まさかこのような欠点を抱えているとは思いもよらんかった」

『グォ・・・』

「お主が謝る必要なんて無かろう。悪いのは儂じゃ。自分の体に欠陥があると解っていたのに、事前に確かめんかった儂が悪い。お主に落ち度など無い。それに原因は儂の欠陥じゃしな」

『グォウ・・・』


 賢者は努めて明るく告げるが、内心はかなり落ち込んでいる事に熊は気が付いていた。

 熊の状態であれば、たとえ熊頼りだとしても、大きな魔法を発動する事が出来た。

 ならばいつか自力でと、賢者はその事をまだ諦めていなかったのだ。


 けれど今回の件で解ってしまった。自分に致命的な欠陥があるという事が。

 たった三発。世間的に言えば凄まじい大魔法だとしても、放てるのはたった三発。

 三発放った事が駄目だったのか、同時に三発を維持するのが駄目だったのか。


 それはまた今後確かめる必要があるだろう。けれど、今は、それよりも。


「あ、あれ、何で、涙が・・・」

『グゥ・・・』


 ボロボロと涙が溢れる。堪えきれなかった悲しみが涙に変わる。

 賢者は気が付いてしまった。この身はきっと、生前の様な魔法使いにはなれないと。

 自らが抱える欠陥が許してくれない。この欠陥を抱える限り絶対に叶わない。


 魔法使いである事は、賢者にとっては大事な事だった。

 賢者は魔法が好きだった。魔法使いである自分こそが自分だと思っていた。

 けれどもう、今の自分は自分が思う様な魔法使いじゃない。


 それこそ賢者が呆れた様な、中途半端な魔法使いにしかなる事が出来ないと。


「う・・・ぐぅ・・・うああ・・・・!」


 体が幼児なせいか、高まる感情に体が抑えられない。

 無意識に目を逸らしていた事実を、問題を理解して悲しくて仕方ない。

 きっと普段の能天気な自分は、無意識の自己防衛だったのだろう。


 考え過ぎれば自らを追い詰める。そう思考以外の部分で理解して。

 生前の自分と、今生の自分を調整するのが、あの能天気さだったのだと。


『グゥ・・・・』


 唯々悲しくて涙を流す賢者に、熊は上手く声をかけられずに立ち尽くしていた。

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