第72話、決着(勝利)
「ははっ、解ってはいたけれど・・・本当に君は凄いね、ナーラ」
青年は敵陣を荒らす魔法を見つめながら感心する様に、そしてどこか恐れる様に呟く。
賢者が放った放った三つの魔法が余りにも規格外過ぎて。
火が暴れまわり、土が蹂躙し、そして先程放たれた嵐が吹き飛ばしていく。
今までの彼らの常識で考えると、余りにも規格外と言わざるを得ない光景だ。
実際は熊が放った魔法ではあるが、そんな事は青年には解らない。
勿論それは青年に魔力を探る力が低いという訳ではなく、他者からしても同じ事だろう。
賢者の魔力と熊の魔力はしっかり探れば質に違いがある事が解る。
だが賢者は大きな魔法を使うには、どうしても精霊化して熊に頼らねばならない。
となれば細かい魔法は普段の賢者が、大魔法は精霊化した賢者が放っている様に見える。
つまり皆『精霊化による魔力の質の変化』という様に認識しているのだ。
実際精霊に力を流し込まれた精霊術師の魔力は、契約した精霊と少々違う質の魔力になる。
ただ賢者は素の状態では熊の魔力を一切使えない事で、その辺りが誤解されていた。
因みに本人は自分の立ち回りで上手く誤魔化せていると思っているので大間違いである。
熊が気が付かれない様に、賢者に内緒で若干の小細工をしているのも理由だったりするのだが。
「アレを見れば・・・まあ、君達の判断はある意味で正しいのだろう。けど間違えたね」
そんな凄まじい光景から視線を動かし、自分の前に転がる死体に向けて告げる。
当然それを作ったのはこの場にいる青年であり、周辺には彼以外生きている人間は居ない。
本来は諜報員を務める者達なのだが、敗北を察知して移動を始めた所で青年に斬り殺された。
移動先が敵陣であれば青年は放置しただろう。だが自国に向かって来たのであれば話は別だ。
青年は斬り殺す前に彼らに忍び寄り、何を話していたのかしっかりと聞いていた。
諜報員であり扱いは悪い事に嘆きながらも、思想はしっかりと染まっていた会話を。
少しでも邪法使いの民を殺してやる、劣等民族の好きにさせて堪るかという言葉を。
賢者が恐れていた行動を始めた者達が存在し、そして青年は得意魔法をいかんなく発揮した。
その結果が複数人の死体であり、既にほかの箇所でも青年は斬り殺している。
(魔法ばかり鍛え過ぎて余りにもお粗末だ。同レベルの魔法が使えたら、体術が使える人間の方が有利に決まってるのに。接近したら余りにも容易すぎる。楽で良いけどね)
等と本人が思っている通り、全員アッサリと斬り殺してしまっていた。
熊が問題ないと判断したのは彼の存在が故であり、でなければ三発目はここに放たれている。
「あちらは大丈夫かな?」
念の為と、まだ潜んでいる者が居ないか探しながら呟く青年。
それは賢者を案じた言葉ではなく、とある人物がしっかり仕事をしているかという言葉。
自分とは別の場所を任せている相手に対し、若干の不安が混ざっている。
そしてその言葉を向けられた人物は――――――。
「あっはっは! 見てみなさいよあれ! アンタ達あんなのに喧嘩売ったのよ!? ばっかじゃないの!? アレを見て裏切れとか良く言えたわよね! あははははっ!!」
森の中で血だまりを作りながら笑う少女が一人。
彼女の足元にはまだ生き絶えて居ない男が、傷口を踏まれて呻いていた。
少女はキャライラス。事前に別働を命じられていた精霊術師だ。
彼女は基本的に風に特化した精霊術師だが、それ故か風の流れから索敵が出来る。
隠匿魔術への対抗策として、隠匿しているからこその不自然を察知できるのだ。
当然熊レベルの魔法を使われれば別だが、そんな人間はそう存在しない。
結果として青年と同じく自国に向かう者達を見つけ、風でなで斬りにしていた。
しかも性格の悪い事に、即死しない様に気を付けていたぶっている。
「うぐっ・・・こ、殺せ・・・!」
「は? 何舐めた事言ってんの? 殺して下さいでしょうが」
「うぎゃっ・・・!」
足元に居る男が殺せと告げると、先程までの高笑いを消して冷たい目を向ける少女。
ついでと言わんばかりに傷口にヒールを食い込ませ、魔法を放って新しい傷口も作る。
「こっちはあのクソガキのせいで色々上手く行ってないってのに、こんなくだらない雑用まであの王太子殿下に命じられて不機嫌も良い所なのよ。普段なら戦場に立って適当に防いでりゃいいだけだってのに、神経使う魔法まで使わされてさぁ」
「いぐぃい・・・!!」
ぐりぐりと傷口を潰す様にヒールで踏みつける少女は、喋る度にイライラを募らせる。
本当ならもっと自分の思い描いていた幸せな時間があったはずなのにと。
「まあ、アレと敵対して生きてるだけ、私は幸運って言っても良いんでしょうけどね」
言葉ではそんな事を言いながらも、やはり内心は腹立たしい想いが強い。
だから声音はやはり不機嫌で、けれど本人の前でその顔を見せる事は無いだろう。
賢者が警戒している事も、態度を改めても警戒が消えていない事も理解しているから。
実際少女は改心などしていないので、賢者の警戒が正しいのだが。
「その代わり多少は愉快なものを見せて貰ったわ。自分の得意分野で成す術なく蹂躙されるのはさぞ屈辱でしょう。すぐに死んだ人間の方が幸せなんじゃないかしら。うふふっ」
ニタリと厭らしい笑みを見せる少女は、呟きながら背後に風の魔法を放った。
「ぐげっ・・・!?」
「残念。不意打ちできなかったわね・・・惜しかったわねー?」
足元にいた男が死んだのを確認して足を離し、今魔法で吹き飛ばした者へと近づく少女。
別に今気が付いた訳じゃない。最初から潜んでいるのも、不意打ち狙いも気が付いていた。
けれど嬲る相手が居ないとうっぷん晴らしにならないと、わざと生かしておいただけだ。
逃げるなら即座に攻撃したが、逃げないで向かって来るならまだ遊べると。
「ほら、起きなさいよ。貴方の前に居るのは小娘一人。頑張れば殺せるかもしれないわよ?」
にまーっと笑いながら告げる少女は、しっかりと防御の魔法を準備している。
はなから何もさせる気は無い。攻撃に移れば叩き潰すし、失敗しても防げる。
意地の悪い彼女の蹂躙は、目の前の人物の心が折れるまで続けられるだろう。
そんな風に賢者の恐れていた人物が倒される中、戦場は決しようとしていた。
「に、にげろ! こんなの勝てる訳が無い! 化け物だ! あんなのは化け物だ!」
「おい、逃げるな非国民めが! 邪法使いにやられっぱなしで良いのか!」
「うるせえ! じゃあてめえがやってみろ! 元首ですらあっさり殺されたんだぞ!」
「くそっ、のけ、俺は死にたくねぇ! 死にたくねぇ!!」
「このっ、にげ――――」
逃げる者、逃げるのを咎める者、まだ立ち向かう物、恐れて動けない者。
最早魔法使いの陣営は混乱の極みであり、まともに機能していない。
そして逃げ出した者は兎も角、立ち向かえと叫ぶ者達は賢者の魔法に呑まれる。
当然だろう。魔法が暴れる戦場から逃げずに留まろうとしているのだから。
そして壊滅的な状況になった所で、やっと指揮官でも逃げる判断を下す者が出てきた。
最早どうしようもない程に、指揮をする者が居なくなった状況になって。
「・・・逃げ始めた、かの?」
『グォウ』
敵陣の様子がおかしい事に気が付き、賢者は熊に確かめる様に問う。
そして返って来たのは肯定であり、敵陣は必死に逃げ出そうとする者達で溢れていた。
まだ一部は抵抗を叫ぶ者も居るが、最早少数派となり果てている。
そしてそうなればいくら叫ぼうが、立ち向かえば死ぬだけに過ぎない。
戦えと叫びながら逃げるその行動は、傍から見れば余りにも滑稽に映る事だろう。
とはいえ賢者にそこまで解るはずもなく、とりあえずは危機を脱した事に安堵する。
「・・・そうか。ならば一旦魔法を消して、向かって来る者が居れば再度放つぞ」
『・・・グォウ?』
ただそこで熊は賢者の様子がおかしい事に気が付いた。
必死に立っている様な、何かに堪えている様な様子に。
「・・・大丈夫じゃ・・・問題ない」
熊は明らかに問題あると感じていたが、賢者がそう言い張る以上何も言えない。
少々の不安を感じながらそれでも戦場を見つめ、そうして敵陣から敵が消えていく。
「・・・終わった、かの・・・精霊化を・・・とい・・・」
『グォン!?』
そこでばたりと、小熊は倒れた。
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