第71話、勝利条件(認識の違い)

「熊よ、次の場所は覚えておるな?」

『グオオオオオン!』


 敵陣を蹂躙する火の龍を見つめながら、賢者は静かに問う。

 熊は勿論と答える様に大きく鳴き、膨大な魔力が魔法に変換されていく。

 狙うは元首の次に優秀な魔法使い達。そしてその者達の居場所も事前に把握している。


 むしろ彼ら自身が開戦前に魔力を放ち、再確認さえ済んでいると言える。

 これで二撃目に時間がかかるのであれば、彼らも何か出来たかもしれない。

 だが熊にとってこの程度の魔法、山での造形の鍛錬に比べれば容易い事。


 術式の組上がった魔法は地面に伝わり、そのまま魔力が敵陣まで流れていく。

 そして目的の場所に到達すると同時に、巨大な土の『竜』が敵陣の中に現れる。

 まるで地中に潜んでいたかの様に、地中で形成された魔法が地表を割って。


「なっ、竜!?」

「なぜ地中から・・・ち、違う、これは魔法だ、あの火の龍と同じだ!」

「何だと!? あり得る訳が無いだろう!」

「もしこれが魔法の竜ならば、この威力で二つ同時に使っている事になるんだぞ!!」

「そうだ! しかもこの距離での遠隔発動などありえない!!」


 竜を見た指揮官達は、即座にこの土の竜が魔法の産物と理解した。

 魔法使いであるが故に、まだ自陣で暴れ狂う魔法と同じ魔力を感じ取って。

 けれどそこまで解っていても認められない。ありえる訳が無いと叫ぶ者が多い。


 それが今までの自分の常識であり、認めれば自身の価値を否定する事に繋がる。

 魔法使いを至上とし、その最上級である元首達を超える魔力と魔法。

 それも長年邪法と見下してきた精霊術師が、我々を超える魔法を立て続けにはなっている。


 一撃だけでも納得がいかないというのに、二つ同時など尚の事認められない。


「ひぃ! た、たすけ、たすけて!」

「死にたくない! 死にたくない!! 死にたく――――」

「あついあついぃいいいい!!」

「うぎゃ・・・!」


 だが認めようが認めなかろうが、火の龍と土の竜は陣地を蹂躙していく。


 火に呑まれた者は当然燃え尽き、掠っただけでも衣服に火が燃え移る。

 燃え移っただけに見えるその火にも魔力が籠り、魔法で消そうとしても一向に消えない。

 熱さか火に巻かれた事による呼吸困難か、どちらにせよ苦しみながら死んでいく。


 それに比べれば土の竜は優しいと言えるだろう。大体において一撃で死ねるのだから。

 巨大な竜に踏み潰されてしまえば、人間の体が保てる訳が無い。

 尻尾を振り回し、前足も叩きつけ、時には体ごと倒れ込む。


 不幸なのは半端にぶつかり骨折し、痛みで動けなくなって転がる者だろうか。

 生きたまま苦しむ点を考えれば、下手をすると火に巻かれた者より酷いかもしれない。


 魔法で作られた二匹の獣。それが魔法使い達を殺していく。

 その光景はまさしく地獄のようだった。少なくとも『戦場』とは思えない光景。

 戦っているのではない。ただただ化け物に蹂躙されていると表現するのが相応しい。


 遠目でからしか見えない自陣の者達も、息を呑んでその光景を見つめている。


「これが・・・ギリグの、スブイの山神の力・・・」

「なんて、凄まじい・・・!」

「ああ、凄まじいな・・・けど同時に、恐ろしいな。これをあの幼女がなせるのだから」

「おい、滅多な事を言うな!」

「す、すまない・・・」


 賢者の力は、いや、熊の力は明らかに今までの精霊術師を考えれば規格外。

 それも当然だろう。この魔法は今までの精霊術師の魔法とは物が違うのだから。

 魔力を持たない人の身で放てる限界の魔法と、精霊そのものが放つ魔法となれば格が違う。


 だからこそ彼らは、賢者が味方であっても恐ろしく感じてしまった。

 余りに強大過ぎる力。そして何よりも賢者がまだ子供であるという事実が尚の事。

 キャライラスという前例がある事で、余計に彼らの中に危機感が生じてしまったのだろう。


 頭では解っている。彼女は味方なのだと。民を守る為に戦っているのだと。

 けれど同時に思ってしまう。国王陛下はあの化け物を抑えきれるのかと。


「殿下との仲は良好と聞く・・・ならば、問題は無かろう」

「会議中も悪くはない様子だったな」

「その後も二人で出ていた。ならば今暫くは」

「ああ・・・そう信じたいな・・・」

「本人は可愛らしい娘だった、からな」


 ただそこで機能したのが、賢者と青年の婚約と言う契約だった。

 今日初めて二人の仲を見た者も多い。だが元々知っていた物も多い。

 王族と精霊術師筆頭の中が良好であるなら、今暫くは安心であるだろうと。


 そして何よりも、賢者の策略なぞ考える気も無い、と言う様子が大きかった。

 会議の場にて能天気に茶菓子を食べ、お茶を啜っている可愛らしい姿が。

 ただの子供。まだどうとでも転ぶ子供。そう思わせてくれた。


 本来の戦場ではこんな事を考える余裕も、話すような余裕も存在しない。

 だからこそ怖いのだ。命を落とす覚悟のあった戦場で余裕があるという事実が。

 ここまで余裕に事を運んでしまった賢者が、皆恐ろしいと思ってしまった。


「うおおおおおおお!」

「凄い、凄いぞ!」

「魔法使い共め! 思い知ったか!」

「ナーラ様あああああ!」


 ただ危機感を感じているのは上層部の人間達であり、兵士として集めれら民は違う。

 自らを守ってくれる精霊術師が、敵国を圧倒的な力で打ち倒す。

 それはまるで英雄譚の一幕の様で、大きな声を上げて賢者を称えていた。


「・・・伏兵の類はおらんようじゃの?」

『グォン』


 その賢者はと言うと、熊の放った魔法を眺めながら周囲を確認していた。

 勿論視認だけで確認できる場所は限られている以上、索敵も熊に頼んでいる。

 けれど敵の気配は全くなく、確実に敵陣だけが敵の居る場所の様だ。


「奴らの勝利条件と、儂らの勝利条件は違う。一応ローラルが警戒しておるから大丈夫じゃとは思うが、引き続き警戒を頼むぞ・・・小娘もその為に別働の様じゃが、あ奴では心配じゃ」

『グォン!』


 賢者はここまで蹂躙していても、魔法国家への警戒を解いていなかった。

 勿論正面から戦えば熊が負けるとは思っていない。確実に勝てる確信がある。

 それは開戦前に青年や老人と話していた通りであり、心からの本心だ。


 けれど賢者達にとっての勝利とは、限りなく民の被害を抑えて戦争を終える事だ。

 敵を蹂躙して沢山殺し、相手を壊滅させる事が勝利条件ではない。

 被害を抑えてこそ勝利。沢山の民を死なせた敗北の様な勝利は勝利といえない。


 ならば伏兵不意打ち、そういった物が怖かった。

 戦場を無視して街に向かわれる事が怖かった。


 賢者と熊とてその目が届く距離は無限じゃない。

 せめてギリグ家の領地内であれば、熊も端まで目が届いただろう。

 けれどこの場は山神の領域ではなく、ならば届かせられる目に限界がある。


 その事をきちんと事前に青年と話し合い、青年は伏兵への警戒に勤めていた。

 元より本来は敵陣に突っ込むつもりだった以上、危険な単独行動も厭わずに。

 そして後から合流であったキャライラスは、事前に周辺の伏兵潰しを命じられていた。


 こちらは念のため、という要素が強くはあったが。


「破れかぶれで下手な事を思いつかせん様に、徹底的にやるぞ」

『グオオオオン!』


 恐怖で敗走してくれるなら良い。けれど嫌がらせをする為に向かってこられたら不味い。

 そういった人間達は戦える人間を狙わない。賢者や精霊術師を狙わない。

 自分達の勝利条件を満たす為には、そんな出来事を起こさせる訳にはいかない。


 賢者は自身が呟いた言葉通り、ダメ押しの様に熊が三発目の魔法を撃ち放った。

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