第70話、開戦(蹂躙)

「全体が良く見えるのう」


 賢者は今回の戦争の為に作られた簡易な櫓の上から戦場を眺める。

 他の者達よりも数段上の場所から見る景色は、戦場を端まで見通す事が出来た。

 それは敵からしても的になり易いという意味でもあるが、賢者は気にしていない。


「これならばどこでも狙いたい放題じゃの、熊よ」

『グォウ』


 賢者の言葉に頷く熊は、賢者の目を通して戦場を見つめる。

 その目は賢者よりもさらに先を見ており、敵陣の様子すらはっきりと見えていた。


『グォン』

「ああ、初手でまずは決めるぞ」


 今度は賢者が熊の言葉に頷き、熊が狙おうとしている場所へと目を向ける。

 そこは少々高台のようになっており、賢者と同じく戦場を見渡せる場所。

 青年が捉えた男達から聞いた話では、あの場に元首達が居るらしい。


「情報は間違ってなかったようじゃの」

『グォウ』


 そして賢者と熊には、その場所からうねる様な魔力が感じられていた。

 怒りに任せて練り上げる様な魔力。今にもこちらに打ち放たれそうな魔力を。

 勿論他の場所でも似た様な魔力のうねりを感じるが、あの場所が一番大きいと。


「わざわざ自分達の居場所を教えてくれるとは、感謝せねばのう?」

『グオン♪』


 にやりと笑う賢者に、熊もご機嫌な鳴き声で返す。

 まず最初の目的はあっさり果たせそうだと。

 今回の戦争で大事な事は、確実に元首を打ち取る事だ。


 そしてあちらの国の『元首』は一人ではない。複数人存在している。

 一人でも逃がしてしまえば意味が無い。ここで全員仕留める必要がある。


「・・・殺しか。儂が魔法で人を殺す日が来るとはの」

『グォン?』


 その事をあたらめて考え、賢者はどこか自嘲するような呟きを漏らした。

 熊はそんな賢者の様子が少し心配になり、大丈夫かと声をかける。


「心配するでない熊よ。覚悟はしとった。それにここで儂が不殺などと甘っちょろい事を言える立場では無い事は解っとる。今の儂の背中には、民の命が乗っとるんじゃ」


 この戦場の戦争だけでも、下手をすれば数万の命が失われるかもしれない。

 そして戦争に負ける様な事があれば、国の人間の命はないと思って良いだろう。

 賢者は貴族だ。生前の様な気楽な独り身ではない。貴族の家に生まれた一人娘だ。


「儂はギリグ家の精霊術師じゃ。その仕事を全うする。家族の為に、民の為に。儂の為に。じゃから熊よ、すまんが力を貸してくれ」

『グォン!』


 本当は自分の力で行いたかったと思いながら、賢者は熊に頭を下げる。

 熊は当然とばかりに鳴いて応え、そして一人と一匹は魔力を迸らせた。

 精霊化を、一切隠さず全力で、相手の陣地にも解る様に。


 櫓の上に立つ小熊は、その膨大な魔力を戦場に向かって解き放つ。

 当然魔法使いだけで構成されている敵陣は、その魔力に動揺を隠せない。


「な、何だ、この魔力は!?」

「我々は幻覚魔法でも受けているのか!?」

「なっ・・・あっ・・・!?」

「げ、元首様よりも、遥かに大きい・・・そんな、馬鹿な・・・」


 たったそれだけで敵陣が混乱し始めた。熊の、精霊の、山神の膨大な魔力を感じて。

 精霊術師という精霊に力を借りた存在の魔力を超える、精霊その物が顕現した魔力を。

 それは自分達こそが尊い者だと信じる魔法使いに、強烈な恐怖を叩きつけていた。


 何よりも彼らにとって恐ろしく感じたのは、つい先程までの確信が塗りつぶされた事か。

 自分達の慈悲を蔑ろにした者達へ、怒りで魔力を放っていた元首や上層部の人間たち。

 その魔力は賢者達だけではなく、魔法使い全体が感じていた魔力だ。


 だからこそ勝ちを確信していた。その大きな魔力の強さに負ける訳が無いと思っていた。

 けれどこの魔力は、今戦場を蹂躙せんばかりに放たれた魔力は、それ所の力ではない。

 元首や上層部の人間達全員の魔力を合わせても、この魔力に届くかどうか。


 その事実を一番認められないのは、自分達の力を上回られた者達だろう。


「ばかな! 連中はどんないかさまをした!」

「こんな事が有るはずがない! 何かの間違いだ!」

「そうだありえん! 連中にこんな魔力を放てる訳がない!」

「我々こそが選ばれし者だ! 邪法使いが我々を越えられる訳が無い!!」


 本能は恐怖し、頭の片隅の理性は敗北を理解し、けれど彼らはそれを認められない。

 目の前の強大な化け物を目の前にしても、自分達こそが選ばれし者という想いを捨てない。

 いや、捨てられないのだ。だからこそ彼らは今回戦場に立っているのだから。


 ここで逃げ出すような真似をすれば、彼らの手元には何もかも無くなる。

 たとえ本当は勝ち目が無いように感じたとしても、彼らに逃げるという選択肢はない。

 ならば彼らは叫ぶしかない。あんなものはハッタリだと。偽物だと。敵ではないと。


「我らを引かせる為の策に違いない」

「ああそうだ、開戦前に放ってきたのが良い証拠だ」

「これで我らを怖気させる算段だったのだろうが、そうはいくものか」

「開戦と同時にあの貧相な櫓を叩き潰してやろうぞ」


 開戦の時間は事前に決められている。と言うよりも一方的に決めたという方が近い。

 本来ならばこんな決まり事すら守るのも馬鹿馬鹿しい、と彼らは思っている。

 だが見下している存在相手に、手段を択ばずに戦わねば勝てないと思われるのも不愉快。


 そんな理由から、最低限の準備が整えられる猶予は相手に与えていた。

 そしてその猶予の時間がもうすぐ終わる。彼らの決めた戦争の時間が始まる。

 始まって、しまう。彼らの頭の片隅には、そんな思いが浮かび始めていた。


「時間だ」


 賢者達の自陣にて、青年が短く告げると同時に大きな笛の音が響く。

 開戦の合図。そして敵陣でも魔法の花火が上がり、お互いにの軍が動く。


「行くぞ熊よ!」

『グオオオオオオオオオオオン!!』


 賢者の気合いの入った声と共に、子熊の鳴き声が戦場に響く。

 櫓の前に大きな、大きな火球が生まれ、その中から火の龍が生まれ飛び立つ。

 目指すは高台。元首が居るとされる場所。賢者が絶対に仕留める必要がある者達へ。


「なっ、何だあれは!?」

「速い! 早く迎撃を!」

「あの魔力の圧縮・・・馬鹿げている・・・」

「呆けている場合か! 防げ防げ!」

「こんな――――――」


 元首達は開戦と同時に放つつもりであった魔力を、全力で防御の為に使った。

 その判断は間違いではなかっただろうし、上手く行けば防げる可能性も有った。

 元首達は実際に力のある魔法使いだという事実が有るのだから。


 だが混乱と恐怖で全員が対処できなかった事で、火竜は高台を蹂躙していく。

 そのまま元首達の傍に居た者達や、後方の魔法使いも飲み込んで。


「恨んでくれて構わん。儂は儂の都合で貴様らを殺すのじゃからな・・・儂もお主らに悪いとは思わん。殺さねば儂らの家族に危険が及ぶのじゃから」


 賢者はその光景を見てぼそりと呟き、次弾の準備をしていた。

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