第69話、開戦前(降伏勧告)
「開戦の前に最後の慈悲を告げる。此度は元首様のみならず、側近の方々も戦場に現れている。貴様らに勝ち目はひと欠片も無い。だが降伏をするのであれば命だけは保証してやろう」
戦場の観察をしている時に現れた騎兵の、指揮官らしき魔法使いが賢者達にそう告げてきた。
まるで敗北を考えていない、絶対に勝利するのは自分達だと信じた声音で。
勿論そんな事を言われて、はい降伏します、などと言う訳もない。
(命だけ、のう。命しか保証せん、と言う風に聞こえるのは儂だけかの)
賢者は口を出さない様にしているものの、心の中ではそんな風に考えてしまう。
降伏した未来に幸せな時間は無いだろうなと。そもそも理不尽な戦争な訳なのだから。
「今回の戦争を今までと同じに考え抵抗するのであれば、そちらの軍勢は全て消滅し、非戦闘員も悉くを滅すだろう。元首様方は最後の慈悲だけは与えて下さったが、大変お怒りだからな」
騎兵の言い分に貴族達は敵意を見せるが、騎兵達は鼻で笑って見下している。
ただ青年は内心そんな騎兵を鼻で笑いそうになり、ぐっと我慢して何時もの笑顔を見せた。
「命の保証ね。その後我々の扱いはどうなるのかな?」
「貴様らは碌に魔法も使えぬ者共しかおらんが、資源としては使えなくは無いだろう。我が国の労働力としても使ってやろう。生かされる事を感謝して奴属するがいい」
「成程。それではこちらとしては降伏は出来ないかな」
「なにぃ?」
騎兵は当然降伏すると答えるのだろう、とでも思っていたらしい。
拒否を口にした青年を睨みつけ、気に食わなさそうに唸る。
「貴様、自分の言っている事が解っているのか。ここで争うのであれば皆殺しにすると言っているのだぞ。降伏すればそれだけは止めてやると言っているのが解らんのか」
「それは降伏しても同じ事だよね。むしろ降伏した方が酷いと言っても良い」
男は意味が解らないとばかりに再度問うも、青年の答えは変わらない。
降伏して不利な条件を付けられるどころか、国民全員を奴隷にするという国。
何よりも男は『資源』と言った。人間を相手に『資源』だと。
(ローラルの言う通り、おそらく降伏しても碌な目には合わんじゃろうな)
本当に降伏してしまえば、死ぬ方がマシな事態が待っている可能性がある。
そしてその想像は間違っておらず、動物実験の延長にこの国の者を使おうと考えていた。
魔法使い達は自分達の役に立てて幸せだろうと、本気でそう思っているからたちが悪い。
「貴殿達と我々では余りに価値観が違う。降伏は出来ないね」
「貴様・・・」
騎兵は一瞬とても険しい顔をしたが、すぐその表情を消して大きな溜息を吐いた。
そして明らかに王太子相手に見下した表情を見せ、周囲の貴族達の顔が険しくなる。
「・・・まさかこの国の王太子がここまで愚かとはな。いや、所詮は魔法も使えぬ下賤の者か。我が国から追われた者達が勝手に名乗った王族でしかない。この程度なのだろうよ」
「貴様、殿下を愚弄するか!」
「貴様ら侵略者が言えた事か!」
「勝手な理屈を並べる蛮族が良く言う!」
「何が魔法使い至上主義だ! それ以外の事が碌にできんだけだろうが!」
周囲の貴族達は青年から黙っている様にと、騎兵が近づいてくる前に忠告されていた。
それでも自国の王を愚弄されては黙っていられなかったのだろう。
自分達こそが正しく貴様らは愚かだと、勝手な物差しで語る様子が余計に腹立たしくて。
「何だと、魔力も禄に無い愚民共が!」
「貴様らなど今すぐ殺せるのだぞ!」
「まだ開戦前の慈悲だからと我慢していれば調子に乗って!」
「開戦前のみせしめにこの場で殺してやろうか!」
ただその言葉を聞いていた騎兵達は、指揮官以外が殺意をまき散らしながら叫ぶ。
中には魔力を練り始める者も居て、賢者はこそっと魔力を練ってい居た。
「やめよ! 元首様の顔に泥を塗るつもりか!」
けれど指揮官の騎兵がそう叫ぶと、部下達はビクッと少しはねて戦意を消す。
「今は元首様が慈悲を与える為に作られた時間だ。貴様らは黙っていろ」
「「「「「はっ」」」」」
指揮官の言葉に従い、気に食わない顔を見せる者の後ろの者達は皆口を閉じる。
それを確認してから指揮官は青年に目を向け、小さな溜息を吐いてから口を開いた。
「先程の貴様らの言葉が返答だと、元首様に伝えて良いのだな」
「構わないよ」
「ふんっ。まあ良い。どうせ精霊術師共はどちらにせよ殺す予定だ。ならば道連れは多い方が貴様らも寂しくは無いだろう。我々にもそのぐらいの慈悲はある。皆仲良く死に絶えるが良い。邪法を崇める者共めが・・・開戦後後悔しても遅いぞ」
「あははっ、どうせ殺される私にその脅しは何の意味もないと思うんだけどな」
「そうか。ならばもう言う事は無い。死ぬが良い」
青年は思わずという様子で笑って返してしまい、それが騎兵の怒りに触れた様だ。
今までで一番険しい顔で見下し、そして―――――――。
「お断りだよ。死ぬのはお前達だ」
「っ!?」
一瞬、青年に吞み込まれた。背筋に嫌な物を感じ、目の前の存在を恐れた。
目だけが笑っていない青年の穏やかな声音に、確かな殺意を感じて。
「ぐっ・・・後悔するでないぞ! 行くぞ、お前達!」
けれどその事実を認められないと、指揮官は恐怖を払う様に叫んで去っていく。
貴族達は忌々しい表情でそれを見送り、青年は笑顔で手を振って見送る。
「ローラルよ、随分挑発したのう?」
「あれぐらいは良いんじゃないかな。向こうだって散々言って来たんだし」
「まあ、明らかに相手を人間と思ってない感じじゃったしな」
「あれで本当に降伏すると思っていたのが凄いよね、ははっ」
降伏はしない、と答えた時の騎兵達の表情を思い出し、青年は楽しげに笑う。
賢者はそんな成年に苦笑で返し、老人やメリネもどこか余裕のある笑みを見せている。
何時も通りなのは指示待ち人間のグリリルだけだろうか。
「それじゃあもうすぐ開戦だ。皆準備宜しく。彼らが自陣に戻る前には動けるようにね」
「「「「「はっ!」」」」」
そんな余裕を見せる王太子の言葉に、貴族達は恐れを見せずに配置につくのだった。
勿論内心恐れはあるだろう。けれど怒りの方が恐れを上回っている。
何よりも今回は一時敗走も出来ないと、その覚悟を持っているが故に。
「さて、儂らも配置につくとするかの」
『グォン!』
そんな彼らを見て、賢者も歩を進めるのだった。
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