第67話、本陣(会議)
敵国の者から自国の元首の殺害依頼、という予想外な出来事以外は道中何事も無かった。
となれば精霊術師が合流した以上既に戦場は間近であり、数日と立たず到着する。
そこには先行していた者達が陣を作り、賢者達の到着を今か今かと待っていた。
待ち望んでいた当人が到着した情報が行き渡り、そして当然ある人物が賢者をもてなす。
「筆頭殿、お疲れ様です。さ、茶をどうぞ」
「おお、すまんな。ありがたく頂こう・・・ずずっ、美味いの」
「お褒めに預かり光栄です」
「・・・まさかこの茶、お主が淹れたのか?」
「ええ。最近茶や花に興味が沸きまして。中々心穏やかになれますぞ」
「・・・変われば変わるもんじゃの」
その人物はブライズ・ポルル・ヒューコン。賢者に大敗を喫した精霊術師である。
精霊術師と指揮を執る貴族の集まる天幕にて、好好爺然とした老人が賢者にお茶を振舞う。
賢者は喜んでお茶を口にして、会議の端にのほほんとした空間が出来上がっていた。
その様子に貴族達は困惑を隠せず、一体何がどうなっていると周りに確認を取っている。
この場に居る貴族には王都での出来事を知る者と、全く知らない者達に分かれていた。
知る者にすれば、老人の配下っぷりは多少は見慣れたものだ。
何せ城に居る間ずっとあの調子だったのだから、むしろ慣れない方がおかしい。
だが知らない者達にしてみれば、あのヒューコン卿がなぜ穏やかなのかと驚いている。
老人の『一番強い精霊術師である事』への執着は、この場に居る誰もが知っているのだから。
故に賢者がこの場に現れるまで、お願いだから揉め事は戦後にしてくれと願っていた。
勿論王都で賢者に負け、賢者が筆頭となる事を認めた事は知っている。
それ故に戦場に到着した老人が穏やかな様子は、この後の爆発を予感させていた。
だが蓋を開けてみれば何の事は無い、相変わらず穏やかな老人がそこにいる。
「筆頭殿、茶菓子もありますぞ」
「戦場に茶菓子とか持って来て良いのか?」
「乾燥させた穀物ですので、保存食代わりに使えますから」
「それ茶菓子じゃのうてただの保存食では・・・?」
だがニコニコと乾燥穀物を賢者に渡す老人の姿は、孫を可愛がる爺様という様相だ。
「ヒューコン卿、ナーラちゃんは儂の孫じゃからな」
「ギリグ卿、いや先代殿と呼んだ方が宜しいか。私は別に筆頭殿を家に迎え入れる気は無いぞ」
「そういう問題ではない。ナーラちゃんを可愛がるジジイの立場は儂のものなんじゃ」
「それこそ私は精霊術師として、部下として筆頭殿に使えているだけだが」
それ所か件の熊耳幼女の祖父と、訳の分からない言い合いをしている始末だ。
ただしそこには普段感じていた狂気は無く、ただの老人同士のじゃれあいの様に見える。
「あっちは放置しておこうか。ナーラには既にやる事をお願いしているし、ヒューコン卿が話を聞いていないという事も無いだろう。気になるのは解るがこちらに意識を向けようか」
そんな賢者と老人達に向いていた意識も、王太子が声をかけると皆意識を向けた。
今日の彼は普段のどこか緩さを感じる声音ではなく、ピリッとした空気を孕んでいる。
それだけ今回は状況が違うのだと、周囲の貴族達も気を引き締めなおした。
「まず最初に告げておく事は、今回は何時もの様な消耗戦はしない。最初から全力で行く」
「っ、しかし、それは・・・!」
青年が告げた作戦内容。聞きようによっては防御はしないという意味にとれる。
反射的に声を上げた貴族はまさしくそう理解し、けれど青年へ視線で口を閉じさせた。
まだ話は終わっていない。最後まで聞いてから口を開けと。
「お、これ美味いの。この茶にあうな」
「そうでしょう。私も好んでいるんですよ。筆頭殿の口にあったなら幸いです」
「ヒューコン卿よ、儂にも茶をくれんか。これ美味いんじゃが喉が渇くわい」
「なぜ先代殿まで食べておるのか・・・ちょっと待っておれ」
ただ貴族たちが口を閉じて静かになった所に、気の抜ける会話が響く。
皆の視線が思わずそちらに向いたのも致し方ない事なのだろう。
賢者はその視線に気が付き、小さく「すまん」と言ってからお茶を啜った。
因みに残りの老人共は一切気にしていない。賢者以上に自由である。
「んんっ、まあ君の心配する気持ちもわかる。我が国には魔法使いが余りに少なく、魔法に対する防御能力が皆無に近い。精霊術師が防御しなければ簡単に瓦解するだろう」
気を取り直す様に咳払いをして、青年が発言者の懸念を代弁する。
実際その辺りの問題が有るからこそ、精霊術師は基本防御的にしかできないのだから。
例外なのがそこで幼児を可愛がっている老人であり、攻撃は彼にしか出来ない事だった。
「別に兵士を守らない訳じゃない。戦争に勝った所で民が居なければ国は成り立たない。それが解っているからこそ、今まで我が国の精霊術師は防衛に勤めていたのだから」
ただ戦争に勝つ、だけでは何の意味もない、いや、勿論勝つ事に意味はある。
しかしその後が続かないのであれば、勝った所で敗北と大差ない。
そんな敗北の様な勝利を求めるのであれば、この国はもう既に滅んでいる。
「だが今回は我が国にとって最大の好機だ。今回の戦争、何時もより準備期間が短いと感じた事だろう。それもそのはずだ、今回は散々挑発させて貰ったのでね。こちらの準備が完全に整う事等待つ気が無いのだろう。正面から戦える準備は待つつもりの様だがね」
「な、何故そんな事を!?」
「さて、何故だろうね」
声を上げる貴族に対し、青年は答えずに鋭い目で問い返す。
すると問われた貴族は一瞬怯み、けれどすぐに思考する様子を見せた。
「短期決戦をさせる為、ですか?」
「限りなく正解に近いね」
貴族の言葉は正解といって良いが、一つ要素が足りない正解だろうか。
確かに魔法国家は短期決戦を狙っている。だが狙う為には戦力が要る。
今まで出してこなかった力を投入するからこその短期決戦だ。
「今回の戦争ではあちらの上層部も来るらしいんだ。全力で潰しに来るそうだよ」
「っ!」
その言葉に貴族は驚き、そして同時に全力で戦うといった理由も解った。
今まで戦場には出てこなかった者達。国を統べる者達がわざわざ出てきた。
それがどんな理由にせよ、その者達を打ち取る事が出来れば大打撃を与えられる。
上手く行けば自分達の子の世代まで戦争が起きない可能性すら頭に浮かべた。
だが、それでも。
「ならば此度の戦争は、今まで以上に苛烈になるのでしょう。勝算はあるので?」
そう問わずにはいられない者が居て当然だろう。
今までこの国は撃退しか出来ず、ここにきて打ち倒す方針を掲げる。
方針を立てる事だけなら簡単だが、現実にそれが可能なのかと。
だがそんな不安と疑問を持った者に、青年はニヤリと笑みを向けた。
「今回は我々も何時もと違う。彼女が、ナーラ・スブイ・ギリグが居る。それが答えだ」
そこでまた、この場の人間の視線が一斉に賢者に向いた。
「げっほげほ! の、喉に張り付い・・げほっ! み、水・・・!」
「ナーラちゃん大丈夫か!?」
「筆頭殿、これをお飲みになって下され!」
「す、すま・・・あっつ! げっほ、あっつ!」
そこには保存食が喉に張り付き、熱いお茶にやけどをした熊耳幼女が居た。
皆の顔が不安に彩られたのは致し方ないだろう。
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